Ep.95 門限厳守
『とりあえず、明日からは門限は守ろう……。』
「水よ、イルカになりなさい!」
目の前の泉にそう命じ続けて数時間。目の前の水面は、腹が立つくらい穏やかなままだ。
「フローラー、まだやるの?もう門限の八時になっちゃうよ?」
「うぅ、どうして駄目なんだろう……!」
構えを解いてがっくり肩を落とす私に、ブランがあくび混じりの声で『才能ないんじゃない?』と答えた。そんな事自分でもわかってるけど、そんなハッキリ言わなくても!!
「はぁ……、卒業試験どうしよう。」
昼間サクラ先生から聞いた今年の卒業試験の内容は、自らの魔力を使って何かしらの"生き物"を作って、三種類以上の芸をさせることなんだそうで。丁度そろそろ皆にも話す時期だからって、皆に配るプリントを預かったから昼休み明けにうちのクラスの子達には配った。
それはいいんだけど……
「私を慕ってくれてるアミーちゃんやベリーちゃん達の目もあるし、あんまダメダメな姿は晒せないんだよーっ!」
「全く、無駄に気高い外面なんか作るからだよ。」
「そんなこと言ったって……。」
最初は付き合ってくれていたブランも、飽きてしまったのかすっかり冷めきった態度だ。ちょっと心が折れそうだよ……。
「ブランって使い魔だから、魔力のコントロールも上手でしょ?何かアドバイスとかない?」
「えー?そんなこと言われたって困るよ、多分僕らの魔力と人間の魔力はまた毛色が違うし。」
「そっかぁ、残念……。」
やっぱり自力でやるしか無いのかなぁ、あぁ、先が見えない……。
「もー、フローラが帰らないなら僕、先に一人で帰るからね。なんか疲れたし。」
「うん、わかった。私はギリギリまで練習してから行くから。」
『真っ直ぐ部屋に帰るのよ!』と、遠ざかっていく小さな背中に叫べば、『わかってるよー』と何とも間延びした声が返ってきた。
まぁ、あれからもう数日たつけどブランは至って普通だし、また迷子になったりしないよね……?
「……さて、練習再開しなきゃ。」
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「はぁ……、あいつ等、また俺だけ置いて帰りやがって……!」
門限まであと僅か十数分。すでに日は落ちきって暗い帰路を足早に進みながら、俺は心の中であいつ等……、俺を置いて二人で先に行ったフライとクォーツに毒づいた。
確かになかなか遅くなってしまったが、明日は祝日で休みなんだし、少し位待ってくれても良いだろ……。友達甲斐の無い奴等だ。
「全くもう、いちいち付き合ってらんないよ。毎日毎日あれやこれや頑張っちゃって……。」
「ーっ!?」
と、不意に聞こえた幼い少年の様な声に心を抉られた。誰だ今の!!
「……っ、ブラン!?」
「ライト!……皇子、どうしたの?こんな時間に。」
「それはこっちの台詞だ。何してんだよお前は、この間の事、もう忘れたのか?」
ブランは暗闇で見るには眩しすぎるその白い身体を翻すように空中でくるりと体制を変えた。それによって、小さなその使い魔は俺に背を向けてそっぽを向いた形になる。
「……忘れてないもん。」
「はいはい、悪かったから拗ねるなよ。で?一体こんな時間まで外で何を?」
そんな仕草が主人と重なって見えて苦笑しつつ、その小さな頭を撫でる。相変わらずいい毛並みしてんな……。
「……フローラが魔法の自主練してるから終わるの待ってたんだけど、いつまでも終わらないから先に帰ってきたんだ。」
「はぁ?なんで急にそんなこと始めてるんだ、アイツは。」
まぁ、アイツの突拍子もない行動は今に始まったことじゃないが。学園に入る前の馬車の一件や、一年の時に閉じた門をよじ登ろうとしてた事に比べれば、今回はむしろマシな方か。
と、記憶を辿る俺には見向きもせず、ブランは『卒業試験の練習だってさ』と言いつつあくびを噛み殺した。もう八時になるし、眠いんだろうな……。
「……ん?待てよ、もう門限過ぎるのに、アイツまだ一人で外に居るのか!?」
「うん、まっったく上達しないから、時間ギリギリまで頑張るって。」
「……あぁ、馬鹿の一つ覚えにがむしゃらに練習してる姿が目に浮かぶよ。」
確か、今年の卒業試験は魔力による動物作りだったはずだ。繊細な魔力のコントロールと高い集中力が求められる内容だし、今のアイツの実力じゃまず無理だろうな……。
「じゃあ僕は帰るねー。」
「ーっ、ちょっと待て!」
「……なに?」
飛び上がろうとしたのを呼び止められたのが嫌だったのか、ブランの尻尾が左右に激しく揺れる。何だよ、不機嫌だろうが可愛いがそんなあからさまに嫌がることないだろ?
そんな顔しなくてもすぐ済むよ。
「……フローラは今、どこに居るんだ?」
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「水よ……っ」
「無闇矢鱈に繰り返したって、集中力が切れるだけで身にはならないぞ。」
「きゃっ!?」
一瞬僅かに水面が泡立ったのに、不意に後ろからかけられた声に驚いて魔力を解いてしまった。
だ、誰!?もう門限なんだから、子供は帰る時間だよ!
……なんて、『お前が言うな!』とか突っ込まれそうな悪態をつきつつ振り返る。
って言うか、流石にもう声で誰かわかってるけどね。
「ライト、急に背中から声かけられたら驚くよ……。」
「え?あぁ、それは悪かった。」
ライトはそう言いつつ、泉を正面にして立っている私の隣に並んだ。
私もだけど、よく見ればライトもまだ制服姿だ。と、言うことは……
「今日も生徒会の仕事?」
「まぁな。」
「こんな遅くまで大変だね……。あれ?でもライト一人??」
『クォーツやフライは?』と私が聞く前に舌打ちをすると、ライトは『あいつ等なら先に帰ったよ』と不機嫌な声色で呟いた。
「それはまた……、ますますお疲れさまです。」
「……ありがとう。まぁ、立場的に仕方がないのはわかってるんだがな。選ばれたからには手は抜きたくないし。」
そう言って笑うライトの笑顔は、疲れてると言うより充実してるって感じに見える。実際、ライト会長が率いる新生徒会は働きが良いって評判だしね。まぁ、若干数は皇子達のファン票もあるだろうけど……。
「で、お前はこんな遅くまで一人で自主練か?」
「ーっ!なんで知ってるの!?」
「さっき偶然ブランに会ってな、その時聞いたんだ。」
「そうなんだ……。」
なるほどと私が納得してる内に、ライトは近くに置いてあった私のカバンをひょいっと持ち上げている。
「心がけは立派だが、今日はとりあえず帰るぞ。もう門限過ぎてるから。」
「え、あ、でも……」
「『でも』じゃない。これでも一応会長なんでな、生徒の不正は見逃さないぞ。」
「"一応"どころかかなり立派な会長だと思うけど……。あっ、カバン位自分で持つから待って!」
と、私が躊躇ってる間にもライトはスタスタ歩き出してしまったので、慌てて隣に追い付いてその手から自分のカバンを受けとる。
結局二人で早歩きで寮に戻ったときには八時半を回っていたけど、ライトが一緒だったお陰で怒られずに済んだ。ライト様様です。
「じゃあな、真っ直ぐ部屋戻れよ。」
「う、うん、ありがとう。」
「それと、明日の放課後、さっきの場所で待ってろ。」
「え?どうして?」
ライトは『いいから言うこと聞け』とだけ言い残して、男子寮側に入っていってしまった。
一体なんだろう……?校内を散らかしたから片せとかかな?
~Ep.95 門限厳守~
『とりあえず、明日からは門限は守ろう……。』




