Ep.9 サード・コンタクト
『それにしてもよく会うなぁ、ゲーム補正?』
レインと本当の友達になってからも、私たちの花壇の世話は続いた。
まぁ、私は花の世話云々の前に“魔力の訓練”と言う課題があるわけだから半分強制とも言えるんだけど、あくまで楽しんでやっているので問題は無いと思う。
――……肝心の魔力が高まっているのかは謎だけどね。
「さてと、今朝も水やりに行かなくちゃ。」
「フローラ様、毎朝お早いですね。以前は朝に弱くていらっしゃいましたのに。」
ハイネが私の髪を結いながら、そんな事を言っている。
そうだったかな、前世の記憶のインパクトの方が強くて、思い出す前の私がどんな子供だったかはあまり覚えてないのよね。
まぁ、前世の記憶が戻った事で、ある意味人格も変わったと言えるから、人が変わったように見えるのは仕方がないのです。
なんて考えているうちに、私の髪は可愛らしいリボンで結いあげられた。
ちなみに、今日は高めの位置で結んで髪をふんわりとさせたツインテール。
寮に一緒に来たのは良いものの、自主性を高める事も目的の一つであるここの生活ではメイドであるハイネの仕事があまりなくて、……かなり暇をしていたみたい。
やる事って言ったら、お洋服の洗濯やアイロンと、主人のお部屋の掃除くらいだものね。
そんな訳でなのかは知らないけど、最近のハイネのマイブームはヘアアレンジみたい。
ここ数日間は、私の髪型は毎日変わっている。
今日はツインテールで、昨日はポンパドール、その前はポニーテールで、更にその前は緩やかに巻いた巻き髪だった。
バリエーション豊かだなぁ、美容院に行ったみたいだ。
「って、もうこんな時間だわ!早く行かなくては!!」
鏡に写った自分の姿を見てぼんやりしていたら、いつも部屋を出ている時間になってしまった。
制服を整えて部屋を飛び出した直後に、『朝食はどうなさるんですかーっ!?』と言うハイネの叫びが聞こえたけど無視。
今朝はクォーツ皇子が一緒なのよ、遅刻なんて無礼な真似は避けたいんだから!
一食くらい抜いたって死なないもの、大丈夫よ……ね?
―――――――――
「あー、閉まっちゃってる……。」
寮から校舎までは近いんだけど、校舎の敷地内と外には門と外壁があったりする。
そして、普通の学校みたいに正門と裏門があって、私は普段裏門側から入っているのです。
何故なら、裏門のほうが初等科の寮から近いのと、私が花壇を世話しにくる時間帯は、正門じゃなく裏門が開いている時間だから。
でも、開放される門は時間によって違う。
裏門は毎朝七時半は閉まり、代わりに正門側が開くのだ。
そして、いつもは七時二十五分に通っている私だけど、現在時刻は……
「七時三十一分か……、たった一分なのになぁ。」
門の開閉は学園長先生の魔法によるものだそうで、とっても正確なのだ。
……なんて話はどうでもよくて!
「正門に回ってたらとてもじゃないけど間に合わないし……。」
辺りを見渡しても、まだ誰も居ない。
「……よしっ、上っちゃえ!」
幸い、ここの門はただの鉄格子じゃなくて、チェック柄みたいに太さの違う金属の棒が網目模様を作っているから、足や手はかけやすい。
子供の身体だから多少上りにくいけど、反対側の正門まで回って中に入るよりは早いだろう。
「よし、あとは反対側に……」
「……こんな爽やかな朝に何をしてるんだ、じゃじゃ馬姫。」
「えっ……!?」
「ーっ!?おいっ、馬鹿!!」
上まで上って、反対側に回ろうと門に片足を掛けたとき、不意に背中に声をかけられた。
振り返って相手の姿を確認する前に、私の身体はバランスを崩して門から落っこちて……
「……あれ?」
「『あれ?』じゃない!さっさと退けよ!!」
落っこちたのにあまり痛くないから変だなと思ったら、自分の下から聞こえてきた怒鳴り声。
視線をそっちに向けると、私の下敷きにされてご立腹なライト皇子がそこに居た。
よく見ると、手の甲を擦りむいたみたいで血が出ている。
慌てて飛び退けば、ライト皇子は立ち上がって、怪我をしていない方の手で制服についた土を払った。
「全く、お前は俺に何か恨みでも……」
「ごめんなさいっ、怪我大丈夫!?」
「……せめて最後まで言わせろ。」
焦りすぎてライト皇子の言葉を途中で遮っちゃったけど、そっちは後で謝るから!
手の怪我ってかなり日常生活に支障を来すよね、早く手当てしないと……っ。
「とりあえず、土を流そう!化膿しちゃったら大変だから!!」
「おっ、おい!!!」
流石に怪我をしたライト皇子と一緒に門を上るわけにはいかないので、ライト皇子の手首を掴んで全力で走って正門に回る。
走っている時に『……遅い。』と言う呟きが聞こえたけど、今回は私が悪いので突っ込まないことにした。
「水、かかりますよー。」
「――……子供扱いするな。」
花壇の近くの水汲み場まで来ると、ライト皇子は素直に袖を捲って怪我した方の手を差し出した。
まだ土と血で汚れているそこに、細目に出した水道水を当てて傷口を洗っていく。
染みるみたいで時折顔を歪めながらも、『子供扱いするな』と言うだけあって、痛みに関する文句は一切出なかった。
「よかった、そこまで酷い傷じゃないみたいね。」
汚れが落ちきってみると、幸いただのかすり傷だったことがわかった。
そこの水気をティッシュで取り除いてから、ハンカチを取り出して包帯代わりに巻く。
「おいっ、何してるんだ!」
「何って、応急処置よ。むき出しにしてちゃ良くないもの。」
ライト皇子は『ハンカチが汚れる』と止めようとしたけど、私のせいでした怪我だからと言って押し切った。
医務室もまだ開いてないし、私に出来ることはこれくらいしか無いもの。
「……これでよし。痛くない?」
「これくらいどうって事ない。それより、なんのつもりは知らないが、門を上るだなんて危ない真似はもうするなよ。」
「はい。本当に、ごめんなさい。」
呆れたように腕を組んで言ったライト皇子に、ペコリと頭を下げる。
まさか、こんな事態になるとは思わなかった。
――……気を付けなきゃいけないんだ、ここはもう、あの頃の世界とは違うんだから。
「……どうした?」
「えっ!?何がです?」
「いや、何と言うか……、変な顔してたから。」
ライト皇子のその言葉に驚いた。
こんなに小さいのに、人の気持ちの変化がわかるのね。
生まれ育った環境の違い……、なのかな。
「あっ、フローラちゃーん!何してるのーっ!?」
ライト皇子に何て答えたらいいかわからなくて困っていたら、ちょっと離れた所からレインが手を振っていた。
角度的にライト皇子が居る位置は壁の陰になっていてレインからは見えてないみたい。
彼が一緒なのがわかってたら、あんな気軽に声掛けられないもんね。
「……ごめんなさい、係りのお仕事があるから行かないと。」
「――……なるほど、遅刻しそうで焦ってたのか。」
ライト皇子の呟きには、何も言い返さず苦笑いを見せる。
これが肯定の答えだ。
そして立ち去る前に、彼の手に巻いた小花柄のハンカチが目に入る。
ちょっとだけど、染み出てきた血が赤く布地を汚していた。
「本当にごめんなさい。その怪我のせいで困ることとかあったら何でも言って、私がなんとかするから!」
もう一度頭を下げて謝った直後に、もう一度レインが私を呼ぶ声がした。
ライト皇子は何も言わないので、私はそのまま花壇の方へと走り出す。
もうすぐ皆も登校してくる頃だ、早くしないと!
「本当に、変な奴。」
ライト皇子に“遅い”認定を受けながらも全力疾走で走り去った私には、彼のその呟きは聞こえなかった。
~Ep.9 サード・コンタクト~
『それにしてもよく会うなぁ、ゲーム補正?』