Ep.94 抜き打ちは学生の敵
『フローラ・ミストラル、小学六年生にして、はやくも留年のピンチです!って言うか、留年とかあるのかこの学校!!』
「姫様……、何ですか、その大量のお菓子は。」
「いや、その……ちょっと作りすぎちゃって。」
結局一人では持ちきれなくて皆にも手伝って貰ってなんとか持ち帰ってきたそれを見て、ハイネが『……ちょっと?』と眉を寄せた。
「あ、あの、フローラお姉様を責めないで下さい!こんなに量が増えてしまったのには訳が……」
「ルビー、大丈夫だから気にしないで。ハイネ、ごめんなさい。今日は皆が一緒に作ってくれたから、ちょっと調子乗っちゃったの。」
「はぁ……、その様ですね。ライト様、フライ様、クォーツ様、そしてルビー様。姫様が大変失礼致しました。お荷物はこちらで運ばせて頂きます。」
ハイネがそう言うと、彼女を含むミストラルから一緒に来てくれた使用人の人達が皆の手元から和菓子やムースの入った箱をサッと取り上げて運んでいった。
去り際にハイネが『姫様も早くお部屋へお戻り下さい。』と言ってたから、多分戻ったらまたお説教コースかな。まぁ、余ったクリームでムースを作っちゃった時点で覚悟はしてたから、今日は甘んじて受けましょう!
「じゃあ、私も戻るね。皆、今日はありがとう!」
「いや、こっちこそ楽しかったからいいんだけどさ……本当にこれ貰っちまって良かったのか?」
ライトがそう言って、手にした和紙製の紙袋を軽く揺らす。ちなみに中身は、今日作った和菓子の詰め合わせ。
品数が多いし、なかなか食べ応えがあるセットになったそれを、ライト達四人の分と今日は居なかったレインの分、更にはこの間ブランを預かってくれた先生へのお礼の分と、計六袋用意して。そして今日手伝ってくれた皆には、さっき先に配っちゃったんだよね。
「いいのいいの、元々皆の分含めて作ってたから!フライのだけは餡じゃなくて他の材料で作り直したから、良かったら食べてみてね。」
「うん、ありがとう。」
「じゃあ、遠慮なく貰うわ。ありがとな。」
「フローラのくれるお菓子は美味しいし、アースランド菓子は初めてだから楽しみだな。」
「そうですわね、お兄様!」
「ふふ、アースランドのお菓子は初めてだからちょっと自信ないけどね。じゃあ、また明日!」
結局、それから自室に戻った私は、大量のムースをハイネ達に献上しつつみっちり叱られたのでした。
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翌日の月曜日、私とブランは昨日作った和菓子の詰め合わせを持って先生の研究室を訪れた。
「サクラ先生、失礼致します。」
「まぁ、フローラさんにブランちゃん!来てくれて嬉しいわ。どうぞお入りなさいな。」
「はい、ありがとうございます。」
「お邪魔しまーす!」
先生はにこにこと笑いながら、また私達に緑茶を振る舞ってくれた。
あぁ、この香り、なんだか落ち着くなぁ……。
「サクラ先生、これ、よろしければお召し上がり下さい。」
「まぁ、わざわざご丁寧に……。中身は何かしら?」
サクラ先生はそっと蓋を開けると、中身を見て『まぁ、素敵ねぇ』と微笑んだ。
「アースランドのお菓子をわざわざ用意してくれたのね、嬉しいわ。フローラさんはお菓子作りがお好きだそうだから、もしかして手作りかしら?」
「はい、お口に合うと良いのですが……。」
昼に食べてくれた皆は美味しいって言ってくれたけど、先生のお口に合うかなぁ……。
「じゃあ、早速頂こうかしら。」
ドキドキしながら、桜餅に口をつける先生の姿をじっと見つめる。
先生は葉っぱを外したらそれを一口食べて、『まぁ……』と息を溢した。
「い、いかがですか……?」
「驚いた……。とても美味しいわ、それに……何だか優しい味がするわね。」
「……っ!」
笑顔でそう言ってくれた先生の姿が、一瞬前世の母の姿と重なった。
『花音が作るものはどれも優しい味がするわね。』
……よくそう言って、お母さんは私が作った料理やお菓子を食べてくれてたんだよね。
お母さん、私が居なくなってからどうしてるんだろう……。
「……フローラさん、どうかした?」
「あっ……!失礼致しました。何でもございませんわ。」
いけない、今は先生に先日のお礼に来てるんだから、ぼーっとしてる場合じゃないよね。
心配そうに私を見ていた先生は、ちょっと何か言いたそうにしたけどすぐに『折角頂いたお菓子ですから、大事に食べるわね』と笑った。
「では、折角美味しいお菓子もあることですし、お茶にしながらお話しましょうか?」
「はい、ありがとうございます。」
良かった、何とか話が逸れたみたい……。
「フローラさんは、お菓子作り以外にも趣味はあるの?」
「趣味と言えるかはわかりませんが……、一年生の頃からガーデニングをしておりますわ。」
まぁ、元は魔力の強化の為に始めた事だったけど、お花は昔から好きだったからお世話するの楽しいし、今となってはすっかり趣味になってるんだよね。
「そう言えば、フローラさんはクォーツ殿下やルビー皇女様方とご一緒によく花壇のお世話をされているわねぇ。」
「あら、ご存知だったのですか?」
「ええ、フローラさんがよく、楽しそうに歌いながら花壇にお水をあげている姿をお見かけするわ。」
「ーっ!!!」
「フローラ……、そんなことしてたの?」
うわぁ、恥ずかしい!まさか先生に見られてたなんて!!
確かに一人で水やりする日とか、たまーに歌ったり踊ったりしながらやってたけど、人の目には気を付けてたつもりだったんだけどなぁ……。
恥ずかしくて両手で顔を隠す私を、ブランは呆れ顔で、先生は苦笑いで見つめつつもお茶をすすっている。あぁ、沈黙が痛い……!
「あ、あの、サクラ先生……。この事はどうかご内密に……!」
「はいはい、わかっていますとも。」
上品にクスクスと笑いながら『おかわりはいかが?』と先生が急須を手に取ったので、お言葉に甘えてもう一杯頂く。
もう、恥ずかしくて飲まなきゃやってられないわ!お茶だけど!!
そんなことを思ってみても、猫舌には逆らえずに熱い緑茶をちょっとずつ飲み進める。あぁ、ちょっと落ち着いてきた……。
と、そんな私に、先生が爆弾を投下したのはその直後の事だった。
「ところで、フローラさんは魔力の実技を磨くためにガーデニングを始めたそうだけれど……、卒業試験の実技テストに受かるくらいには上達されたかしら?」
「……そ、卒業試験?」
「えぇ、うちの学院は卒業後に魔法省に入る資格を得られる物だから、魔力の実技が重視されるの。」
『多分、受からないと進学が出来ないのではないかしら?』と言う先生の一言に、私の手から湯飲みがこぼれ落ちた……。
「そ、そんなの聞いてないですーっっっ!!!」
~Ep.94 抜き打ちは学生の敵~
『フローラ・ミストラル、小学六年生にして、はやくも留年のピンチです!って言うか、留年とかあるのかこの学校!!』




