Ep.90 怪我は早めに処置しましょう
『って言うか、ブランどこ行っちゃったんだろ……?』
「丁度良かった、今ライトのこと探してたんだ。」
「ん?俺に何か用だったのか?」
「うん、これを出しに行こうと思って。」
不思議そうな顔をしたライトに委員長から預かった二冊のファイルを差し出すと、ライトは『あぁ、出席簿か』とそれを受け取った。なるほど、出席簿でしたか。
「それで、二人はホールに何か用事?」
「いや、知らん。俺はフライについてきただけだからな。」
「そうなの?」
ライトのその言葉にフライの方を向くと、フライは腰に両手を当てて小さくため息をついた。
「その"用事"が発生する前にと思ってきたんだけど……ね。」
「え?」
よく聞こえなくて聞き返せば、『いや、何でもないよ』と笑顔でかわされる。まぁとにかく、結局用事は無いみたいだし……。
「今日って皆現地解散だよね。二人はもう帰れるの?」
「いや、俺はまだやることあるから戻るわ。フライは?」
「僕は帰れなくはないけど。」
「そっか、じゃあ……手伝えることある?」
ライトにそう聞いてみたら、『いや、あとは出欠の確認だけだし、これ一応役員以外には見せられないからさ』と手にしたファイルをヒラヒラと振った。そっか、個人情報とかあるもんね……。
「わかった、じゃあまた明日ね。フライ、よかったら一緒に帰らない?」
「うん、そうしようか。」
「じゃあライト、また明日ね。」
「おぉ、またなー。」
ライトは片手を振りつつ、グラウンドの方に戻っていった。
小学生と言っても、生徒会長ともなると大変だなぁ……。
「……さぁ、僕達は帰ろうか。」
「あ、うん、そうだね。」
遠ざかってくライトの背中を見送ってたら、フライがトントンと軽く私の肩を叩いてから歩き出した。ちょっ、待って!ライトもだけどフライも意外と歩くの速い!!
内心そう叫びながら、私は小走りでその背中を追いかけた。
「……そう言えば、フライは結局なんであそこに行こうとしたんだ?」
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「フライのクラスはテニスだったんだよね!どうだった?」
「あぁ、組んだ子が器用で伸びしろのある子でね……なかなか楽しめたよ。」
「伸びしろ……?」
含みのある言い方に首を傾げれば、フライは『ま、無事優勝したってことさ』と笑った。
「そうなんだ、おめでとう!フライ、テニス得意なんだね。」
「テニスが別段得意な訳じゃないよ、ただ苦手なことがないだけ。」
「そ、そう……。」
フライ、器用だもんなぁ。欠点なんて、ホラーが苦手って事くらい?古典的だけど、糸釣りこんにゃくとか効きそうかも……。
「……ライトと言い君と言い、今日は二人揃ってずいぶんと面白いことを考えているみたいだね?」
「ーーっ!?」
心読まれた!いや、うん、その…………
「ご、ごめんなさい……。」
「……はぁ、まぁいいさ。真面目な君がライトみたいな突拍子のない悪さをするとは思えないしね。」
うぅ、フライの前では下手なこと考えてられないなぁ……。と言うか、今の言い方だと……
「ライト、また何かしたの……?」
「いや、今回は未遂。」
そうなんだ。……未遂って言うか、フライが今みたいにライトの心を読んで未然に防いだんじゃ……なんて考えが頭を過ったけど、それで聞いてみて肯定されても怖いので聞かないでおこう。
「あ……、喋ってたらあっと言う間に寮着いたね。」
「まぁ、いつもよりは歩いた方だけどね。」
丁度会話が止まったところで見慣れた寮の門が見えてきたのでそう言えば、フライからそんな返事が帰ってきた。
実は、グラウンドやホールは初等科には無いので、今回は中等科の設備を借りたのだ。だから、歩いて戻るとなると地味に長いんだよね。でも……
「誰かと一緒に歩くなら楽しいし、あんま長く感じなかったね。」
「……っ、楽しかったなら何より。でも君……、足は大丈夫なの?」
「え?なにが??」
突然の問いかけに、またフライは何を言ってるんだろうと首を傾げる。すると、フライは無言でこちらを指差した。
「膝……?あっ!」
「ようやく気付いたの?」
苦笑いでそう言うフライの指先は、薄く青紫になった私の膝に向いている。アザになってたのか、痺れも痛みもそんな無いから気付かなかった。
「どうしたの?その足。……ホールで何かあった?」
「あー……ううん、ちょっと転んだだけ!」
「……。」
フライは前のランチルームの時にも助けてくれてるし、下手に話すと心配かけちゃいそうで笑ってそう答えた。
別にエドガー君の件はなにがあった訳じゃないし、わざわざ話すこともないよね?
「…………。」
「フライ……?」
私の答えに、フライは一瞬指をピクリと動かしてから、静かに腕を下ろしてため息をついた。
「……まあ、君は少々どんくさい所があるからね。それ、ちゃんと冷やしておきなよ。試合中に怪我したのなら、君と組んでたあの暴走少年の妹君も気にするだろうしね。」
「う、うん、ありがとう。」
そして、何処か浮かない顔をして男子寮の方へと帰っていった。
私もそれを見送って、自室を目指して女子寮に入る。
あれ、そう言えば……
「私、フライにエミリーちゃんと組んでたこと言ったっけ……?」
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「ただいまー。」
「お帰りなさいませ……っ!?姫様、お膝の怪我は一体どうなさったのです!」
「ハイネ!いや、ちょっと転んじゃって……。」
「その後処置もせずに帰っていらしたのですか!?痕が残ったりしたらどうなさるおつもりです!!」
『全く、貴方と言う人は!』なんて怒っているハイネに持ち上げられて、すぐさまベッドに座らされる。その細腕のどこにそんなパワーが……!?
「さぁ、足を出してください。全く、どんな転び方をされたら両膝に同じようなアザが同時に出来るのですか!今後はお気をつけ下さい、代えの効かない大切なお身体なのですから!!」
「はい、ごめんなさい……。」
そうやって怒りつつも、ハイネは手早く私のアザに薬を塗って、冷やす用の魔力が込められた包帯を巻いてくれた。
湿布みたいな独特の臭いもなく、氷のうみたいに冷えすぎて痛い感じも無い。便利だなぁ、これ。
「ハイネ、ありがとう。」
「お礼など良いですから、少しお休みください。浴槽にお湯が張れ次第、また参りますので。」
そう早口で捲し立てると、ハイネは私が脱いだ運動着を持って部屋から出ていった。多分、洗濯もしてきてくれるのね。
「あれ、ハイネ今お風呂の用意してくるって言ってたけど……。」
お風呂入るなら、この包帯すぐ外さなきゃいけないんじゃ……?
ブランも留守な自室には、私のその疑問に答えてくれる人は居なかった。
~Ep.90 怪我は早めに処置しましょう~
『って言うか、ブランどこ行っちゃったんだろ……?』




