Ep.89 台風一家にご用心・後編
あー、膝打ち付けちゃったかなぁ。ちょっと痺れてるや。
痺れが足の付け根辺りまで来ててすぐには立ち上がれなそうなので、それが収まるのを待ちつつエドガー君の顔を見上げる。
と、彼は座り込んだ私の目の前に転がってるサッカーボールを拾いながら、炎の様な赤と黄色の混ざった瞳で私を睨み付けてきた。
「……ごきげんよう、エドガー様。」
とりあえず、何て切り出したら良いかわからなくて、そんな簡単な挨拶を口にするのが精一杯だった。
そんな私の様子が更に気に触ったのか、エドガー君は顔をしかめる。そして……
「何が『ごきげんよう』だ!殿下達が生徒会役員に選ばれてから接触も減って、ようやく身の程を知ったのかと思えば……っ!」
「……っ!」
痺れる足を擦っていた手を掴まれて、力任せに立たされた。前回のランチルームでの件もあるし、多少は予想してたからそんなに驚きはしないけど。
むしろ、結果的に立ち上がれたから結果オーライかな。ただ、掴まれてる手はやっぱりちょっと痛い……。
「エドガー様、お話ならゆっくりお聞き致しますから……とりあえず離して頂けませんか?」
「何が"お話"だ!お前と話すことなんか何もない!!」
何とかなだめようと口を開くけど、頭に血が昇っちゃってるみたいで会話にならない。いや、そもそも会話らしい会話なんかしたこと無いんだけども。
それにしても、エドガー君はエミリーちゃんが絡むと暴走速度が倍になるなぁ……。
「お兄様、止めてください!!」
「ーっ!?」
ガクガクと揺さぶられながらそんな事を考えてたら、不意にエドガー君の手が私から離れて解放された。
なんと、唖然としながら私達を見ていたエミリーちゃんが、小さなその身体で兄の腕に飛び付いたのだ!
「何故止めるんだエミリー!」
「お兄様がフローラお姉様に酷いことをなさるからです!!」
「"お姉様"……!?」
エミリーちゃんの言葉にエドガー君の目が更に鋭くなって私に向いた。……うん、わかってはいたけど、エドガー君はかなりのシスコンさんみたいだ。
「エミリー、お前はこの女の本性を知らないんだ!」
「そんなことありません!!」
「ま、まぁまぁお二人とも、落ち着いてくださいな。いくら既に解散済みで人も少ないとは言え、ここで騒ぐとまだお片付けやお掃除に残って下さっている方々のご迷惑になってしまいますから。」
「あっ……!ごめんなさい、お姉様……。」
「……っ!」
下手に割って入ったりすると却ってこじれたりするので、立ち位置は変えないままに少しトーンを落とした声でそう仲裁の言葉をかける。
と、注目を浴びてしまっていた事に気付いたエミリーちゃんが先に退いて、私にぺこりと頭を下げた。元気のない様子に、ちょっと胸が痛む。私を庇ってくれたんだよね、ありがとうエミリーちゃん。
片や、まだピリピリしたままのエドガー君も可愛い妹のその姿や、自身に向けられた好奇の眼差しに思うところはあったのか、渋々ながら退いてくれた。よかった……。
「くっ……!どうやったかは知らないが……、いつまでも自分の好きになるとは思わないことだな。」
結局、エドガー君は周りに聞こえないくらいの声でそう呟くと、しょんぼり状態のエミリーちゃんを連れて足取り激しくホールから立ち去って行った。
小型だけど勢力の強い台風が通過したホール内は、台風一過で一気に静かになっちゃってる。注目が集まるあまり作業が止まっちゃってるみたいだし、ここは声かけをしつつお手伝いした方が良いかも知れない。
「……フローラさん、事情はわかりませんが、私的なトラブルをこう言う場に持ち込まれてしまうと困りますね。」
「はい、申し訳ございません。以後気を付けますわ。」
と、私が口を開くその前に、いつの間にやらこちらに来ていた委員長ことキール君から、鋭い目で注意を受けた。他人の揉め事なんて、野次馬根性で見に来る人は居ても当人達に接触しようなんて人はそうそう居ないでしょうに。彼は委員長の鑑だね。
「皆様も、お騒がせいたしまして大変失礼致しました。」
「ーー……。」
そして、委員長への謝罪をしてからこの騒ぎのせいで作業が滞ってしまった全体の方へも頭を下げる。
皆だって運動して疲れてる筈なのに、更に揉め事なんて起きたら気疲れしちゃうよね。本当に申し訳ない。
「……皆さん、もう大丈夫なようですから、作業を再開しましょう。わからないことは僕に聞いてください。」
そんな私とざわつく皆を交互に見てから、委員長が手をパンパンと叩いて注目を自分の方へと集めた。そして、テキパキと指示を出して片付け作業を進めていく。
彼の指示がわかりやすいのか、作業の効率もさっきまでより良いみたいだ。すごいなぁ……。
って、感心してる場合じゃない!
「あの、委員長。」
「まだ何か?」
「何か、私にもお手伝い出来ることはございませんか?」
「…………。」
振り返って私を見た委員長は、一瞬目を眇てから、『少々お待ちを。』と何処かに行ってしまった。
そして、少しして薄いファイルを二冊持って戻ってくる。
「では、校舎に戻られる際にこれを会長に提出お願いします。」
「わかりましたわ。これだけでいいんですの?」
そのかなり軽いファイルを受け取りながらそう言えば、委員長は『はい。人手は足りていますし、もう今のメンバーで作業動線が出来ていますから。』とメガネのブリッジを指で押し上げながらそう言った。
なるほど、じゃあ下手に参加してもお邪魔になっちゃうね。
結局、もう一度委員長に謝罪を述べてから私は一人、ファイル片手にホールを後にした。
ライトは生徒会役員用にグラウンドの方に立てられたテントの方に居るんだっけ。いや、もう大体のクラスは交流終わって解散してるから、もう生徒会も校舎の方に撤収しちゃってるかなぁ……。
「入れ違わず会えると良いけど……。」
「誰にだよ?」
「誰ってそれは……って、ライト!?フライまで……。」
……なんと、心配なんて必要ありませんでした。ホールから出て歩くこと僅か数分、ライトとフライに道端でばったり遭遇するなんて!
グラウンドの方からこっちに来たってことは、ホールに何か用があったのかな?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
一方その頃、人目のないところまで移動したエドガー、エミリー兄妹は、テーブル上に大量の写真をばら蒔きケンカを続行していた。
「ご覧くださいませお兄様!フローラお姉様は毎朝欠かさず花壇のお手入れをし、教室にはお花を飾り、更には自主的に中庭のお掃除までしてくださっているのですわ。素晴らしい方ではありませんか!!」
「何が素晴らしいんだ。そんなの全部使用人の仕事じゃないか!そんな作業を自主的にやるだなんて、ミストラルの姫君はずいぶんと質素な生活を送っているようだな!!!」
「……っ!この学園の目的は、いずれ社交界に出た際に必要となる教養や、自ら動くことの出来る行動力を身につけることだと聞きました!フローラお姉様は、その校訓を守っていらっしゃるのですわ!」
『証拠のお写真もこれだけあるのですから!』と、妹は更にテーブルに写真を広げる。
だが、兄も負けじと妹の撮ってきた下敷きにされていた自分の撮った方の写真を引っ張り出し、『こっちを見てみろ!』とテーブルに叩きつけた。その衝撃で他の写真がヒラヒラと下に落ちたが、ケンカ中の二人はそれに気づかないようだ。
「本棚を整理しようとすれば積んでいた本を崩し、拭き掃除をしようとすれば用意したバケツをひっくり返して水をぶちまけるような奴だぞ!お前は騙されてるんだ!!」
「……っ!!うっ……、ぐすっ……!」
「えっ!?」
と、写真を突き付けられ怒鳴られた妹は、それをグシャグシャに握りつぶしながらボロボロと涙をこぼし始めた。
「あ、あー、ごめんよエミリー。兄さんが言い過ぎた、謝るから泣くな、な?」
思わぬ妹の様子に焦り、兄は慌てふためきながら妹の小さな背中を擦る。
が、妹はそんな兄の手から逃げるように数歩距離を取り……
「わからず屋のお兄様なんか大嫌いです!」
「ーーーっ!!」
そう叫んでその場から走り去った。
残ったのは、あまりのショックに石化した兄と大量の写真のみ……。
「………………。」
そんな中、不意に吹いた木枯らしが、固まったエドガーの身体を砂粒のようにサラサラと浚い、地面に落ちてしまっていた数枚の写真をどこかへと運んで行った……。
~Ep.89 台風一家にご用心・後編~
『ん?何これ、フローラの写真……?』
『まぁ、本当ですわ!』
『何処から飛んできたんだろう、こんなもの。しかもまだ小さいときのだし……。』
『ふふ、フローラお姉様、小さくて可愛らしいですわね。お兄様、私、そのお写真欲しいですわ!』
『え!?でも、それは流石に……。』
『……駄目、ですか?』
『うっ……!わ、わかったよ。その代わり、人に見せたりしちゃ駄目だからね。』
『ありがとうございます!』
『はぁ……。それにしてもこの写真、砂みたいなのがたくさんついてるなぁ。後で綺麗に拭いた方がいいかも。』




