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Ep.88 台風一家にご用心・前編



『"台風少年注意報"みたいなのが欲しいなぁ……。』





  まさか、何の気も無しに提案した行事でこんな再会があるなんて!


  そう驚きつつも、腕の中に感じる小さな温もりが愛らしくて、自然と笑顔が浮かぶ。

  多分締まりのない顔してるだろうなぁと思いつつその茜色の髪を撫でれば、その子はパァッと花が咲き乱れるような満面の笑みを浮かべた。


「ご無沙汰しております、フローラお姉様。」


「えぇ、本当にお久しぶりね。またお会いできて、本当に嬉しいわ、エミリーさん。」


  頭を撫でている私の手にすり寄りながら、エミリーちゃんは『まさかこんな偶然があるなんて!』と瞳をキラキラさせている。うん、私も本当驚いた。人の縁ってわからないものだね。


「では、パートナーが見つかった訳ですし私達も移動致しましょうか。お話は、歩きながでも出来ますから。」


  そう言いながら右手を差し出せば、エミリーちゃんは元気よくお返事しながらその小さな両手で私の手を掴んだ。そしてそのまま、二人で並んでドッジボールのコートに移動する。


  手なんか繋いで歩いてたらまたエドガー君に何か言われるかなと言うことが一瞬頭を過ったけど、隣で一生懸命色んなお話をしてくれるエミリーちゃんの可愛さに全部吹っ飛んだ。

  まぁ、エドガー君達4年B組も3年生との交流イベント中のはずだし、大丈夫だよね……?







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「さてと、書類も書いたし、委員達の仕事内容も確かめた。後は……、冷てっ!」


  イベント会場となっているグラウンドの端に設けられたテント下で書類に追われていたら、不意に首筋にヒヤリと何かが当てられる。


「ーっ!フライ……、いきなりそんなことしたら驚くだろ。」


「集中してたみたいだし、声をかけても気づかないんじゃないかと思ってね。お疲れさま、会長。」


  軽口を叩きつつ差し出されたアイスティーのグラスを受け取りつつ『からかうなよ』と苦笑すれば、フライも『ごめんね』と笑みを浮かべる。


  隣に腰かけるフライを横目に、受け取ったアイスティーに口をつける。いつもより控えめな甘さだが、レモンの酸味が甘さを引き立てつつ清涼感を与えてくれるので飲みやすい。

  まだ真夏ではないが、ずっと外に居れば体が火照るくらいの気温はあるからな。自分で思っていたより暑かったのかもしれない。折角なので一気に飲み干したいが、ここでは人目があるので我慢して数口飲むに留めた。


「ところで、お前のクラスはテニスやってたんじゃなかったのか?」


「ん?あぁ、もう済んだよ。ダブルスのトーナメント制にしたから、進みが早くてね。」


「なるほどな。ちなみに結果は……」


  何の気無しにそう口にすれば、フライは『聞きたいの?』と意味ありげに口角を上げる。まぁ、聞かなくたって予想はついてるよ。

  何事もそつなくこなすこいつの事だ、どうせ全試合、圧勝してからこっち来たんだろ。


「ん?」


「何、どうかした?」


「いや、今日は俺と、決められた役員以外は仕事は無しだったじゃないか。」


  暗に、『だからお前は休みだったろ?』の意を込めてそう言えば、フライは何かを思い出したようにその涼しげな笑みを消した。

  そして、真顔のまま『ちょっと見てもいいかな?』と1年生の名簿を指差す。


「これか?別に構わないけど、急にどうした。」


「……ちょっと気になることがあってね。」


  気になることってなんだよ。

  そう思いはしたが、フライの集中した様子に声をかけるのは躊躇(ためら)われた。いい機会なのでさっきフライがやったようにこいつの首筋にも当ててやろうかと手にしているグラスを見たが、もう半分も残ってない上に氷も溶け、表面は汗をかいている。

  これじゃあ、いい反応は期待出来ないな。やっぱ、フライに何か仕掛けるならこの間買ったマスクみたいな物が必要か……。


「ライト……、また何か下らないこと考えてるでしょ。」


「ーーっ!」


  と、そこまで考えたところでフライがおもむろにファイルを閉じながらそう言った。

  相変わらず、勘の鋭い奴だな……。一度で良いから、こいつの頭の中が見てみたい。


「別に大したこと考えてた訳じゃねーよ。それより……、調べものは終わったのか?」


「うん、まあね。」


「で?1年の名簿なんか見て、一体何がしたかったんだよ。今朝、全部目を通したがおかしな所は無かったぞ。」


  俺がそう言うと、フライは珍しく眉を潜めて『そう言えば、君はあの時居なかったんだったね』と呟いた。


「何だよ、ハッキリ言えよ。俺がまどろっこしいのが嫌いなの知ってるだろ。」


「そんな急かさなくてもちゃんと話すけど、とりあえず歩きながらにしよう。1年生と6年生のAクラスは、ホールでドッジボールだったよね。」


「は?あぁ、そうだけど……。」


  俺が訳がわからないままそう答えれば、フライは『じゃあ行こうか、時間もなさそうだし。』と歩き出す。


  いや、だから何処にだよ!Aって確か、アイツが居るクラスだよな……?









ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「エミリーさん、お疲れさま。大活躍だったわね。」


  そう言いながらリンゴジュースの入った小さめのグラスを差し出すと、休憩エリアの椅子に座っているエミリーちゃんは『ありがとうございます』と満面の笑みを浮かべてそれを飲み干した。

  うんうん、運動の後は喉が渇くよね。


「フローラお姉様は紅茶ですか?」


「えぇ、アイスレモンティーよ。」


「フローラお姉様は紅茶がお好きなんですね。」


  エミリーちゃんは私のグラスをじっと見つめて、『実は私はちょっと苦手なんです』としょんぼりした。

  うーん、誰にでも好みはあるし無理することないよって言ってあげたいけど、貴族に生まれて……しかも、お茶会なんかに参加する機会が多いご令嬢の立場じゃ、飲まないわけにもいかないんだよね。


「エミリーさんは、紅茶の何が苦手なのかしら?」


「前に一度飲んだときは、なんだか飲んだ後に口の中が苦くて、それからずっと苦手なままなんです。」


  あー、独特の渋味が嫌なのかな。この間、ライトも『甘くしないと不味い』とか言ってたしね。


「お砂糖を入れても駄目?」


「はい、すみません……。」


「謝らなくていいのよ、味なんて人によって好みがあるのだから。」


  だからエミリーちゃん、そんな捨てられた仔犬みたいにしょんぼりしないでーっ!

  

  そんな私の心の叫びも虚しく、エミリーちゃんの頭の幻の犬耳はたらーんと力なく垂れたままだ。

  ど、どうしよう……。


「……っ、そうだわ。じゃあ、ミルクティーはどうかしら?」


「……?ミルクですか?」


「えぇ、ミルクティーは紅茶の風味が全体的に優しくなるから飲みやすいし、甘くすると美味しいの。」


  私が出した案を聞いて、エミリーちゃんは『なるほど……』と呟いた。よし、もうひと押し!


「よければ、今度の週末に簡単なお茶会でもしましょうか。スコーンを焼いて、紅茶と一緒に頂きましょう?」


「スコーン!食べたいです!!あ、でも……」


「……?どうかいたしまして?」


  エミリーちゃんは一瞬笑顔になって、またすぐにうつ向いてしまった。

  どうしたんだろうとその顔を覗き込めば、蚊の鳴くような小さな声で『お兄様が何と言うか……』と聞こえる。


  あぁ、あの台風少年君かぁ。たまにカメラのフラッシュは感じるものの全然顔を会わせないから、すっかり頭から抜け落ちてたよ。


   未だにたまに写真撮ってるみたいだし、まだ私をライト達から引き離す気で居るのかなぁ。なんであんなに嫌われてるんだろう?


  いや、そもそも……


「ねぇエミリーさん、ひとつお伺いしてもよろしいかしら?」


「はい、もちろんです。」


「貴方のお兄様の事なのだけれど……きゃっ!」


  快くそう答えてくれたエミリーちゃんに、今ふと浮かんだ疑問を聞いてみようと口を開く。……と、同時に背中に衝撃を受けて、腰かけていた椅子から前のめりになって落っこちた。


  な、何事……?


「お前……、殿下達の次は、うちの妹まで毒牙にかけるつもりか!?」


  戸惑いながら振り返った私の目に飛び込んできたのは、今まさにこのホールに上陸した小さくもパワフルな台風と、その台風から飛び出したと思われるサッカーボールの姿でした。



    ~Ep.88 台風一家にご用心・前編~


  『"台風少年注意報"みたいなのが欲しいなぁ……。』






  

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