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9 足りない情報

 上級生三人によるいじめを私が止めたことは、もう噂になっているようだ。普段よりも多い視線を浴びながら教室を目指すが、目の前に障害物が立ちはだかった。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう、フィリア嬢。少し()きたいことがあります」


 エドワード王子の右腕のダグラス・ベリスだ。


 私の前を立ち塞ぐなんて何様のつもりなんだろう。それに、私は鞄を持っていて重いというのに立ち話をさせる気?代わりに持つとか紳士らしく気遣いしなさいよ。ご機嫌よろしくないよ。


 鞄は既に教室に置いてきたらしい手ぶらなダグラスに、私は小首を傾げた。


「何かしら?」

「率直にお尋ねします。昨日、あなたが平民を助けたと聞きましたが、それは本当ですか?」

「あら、あの騒ぎのことかしら?確かに止めたのはわたくしですわ」


 状況的に止めるのがベストだったんだよ。積極的に助けたかったわけじゃないから。平民排斥派と真っ向からやり合う気はないから。止めただけ。


「一体どういうお積もりですか?」

「どういう積もりかと訊かれても…。あのような振る舞いを見過ごせるわけがないでしょう?」


 五月蠅かったし。同じ穴の(むじな)と思われたくないし。


「あなたはレイリア嬢の妹であるのに?」

「お姉さまの妹であることが関係ありますか?」

「あなたらしくありません」

「わたくしらしい、ですか。ダグラス様はわたくしにどのような印象をお持ちなのかしら?」


 私らしいと言えるほど、あなたは私のことを知っているつもりなの?それほど親しくなった覚えはないよ?昔、王子とお姉さまの交流会で、あなたが私のことを(わずら)わしそうにしたことは覚えているけど。


「……。」


 面と向かって姉みたいな弱い者いじめする嫌な性格だろ、なんて言えないよねぇ。


「もうよろしいかしら。授業に遅れてしまいますわ」


 困った表情で苦笑して、私は黙ったダグラスを置いて教室へ向かった。




「ごきげんよう」


 噂を聞いたであろう、何か言いたげなクラスメイトの平民グループをにっこり挨拶してやり過ごし、いつも通り取り巻き(お友達)たちとお喋りをする。

 さっきの中には有益者(親友)予定の人もいて惜しい気もするが、彼らが話しかけて来ないなら私もまだ話しかける必要はない。彼らが話しかけてくる時というのは、彼らにとって貴族の象徴ともいえる私が彼らに害を与えないと確信が持てたときだ。それまでは、疑いつつも、という感じで接してくるだけだ。そういうときは少しでも自分の考えと違うことがあると、やっぱりそういう人だ、って簡単に離れていく。


 懐柔するなら一つの事だけで一気にやるよりも、複数の事でゆっくりやった方が効きが良いよね。彼らの中の『わたくし』の印象がしっかり浸透するように。




♢♦♢




 放課後、寮の門にサラとリタの姿があった。


「「お帰りなさいませ、フィリアお嬢様」」

「ただ今帰りました。なぜここにいるのかしら」

「新しい部屋の準備が整いましたので、ご案内に参りました」


 家具が届いたのか。そういえば新しい部屋は二人に任せて一度も見ていなかった。


 二人の後をついていくと三階の奥まったところにあるドアの前に着いた。扉も新調したらしくドアノブや鍵穴の金属部分は艶めいていた。同じく真新しく艶めく鍵が差し込まれ、扉が開かれた。


 中は学園で今まで暮らしていた部屋よりも明らかに広く、数組がダンスしても大丈夫な広さだった。床にはワインレッドをベースにしたメダリオン柄の絨毯(じゅうたん)が敷かれ、その上にシーランス家から届いた家具がバランスよく配置されている。壁は薄いベージュにアイボリーでダマスク柄が描かれている。バルコニーへ通じる大きなガラス窓は、深い緑の両開きのカーテンが左右にゆったりとタッセルでまとめられて彩られている。そこから入ってくる夕暮れのオレンジ色の光が白い天井の中央に吊るされたシャンデリアに当たって(きら)めき、天井や壁に反射している。


 豪華さはグレードアップしつつも品のある内装で趣味に合い、落ち着いた雰囲気があるのもこれからここで生活するのに適している。


「良いわ」


 見渡して一言で評価し、椅子に座るとリタが用意した紅茶を受け取った。ミルクをたっぷり入れた紅茶が(のど)を甘く潤していく。




 ゆらり、と部屋の影から一人の男が現れた。あれは鴉の眼だったか。


「報告を聞きましょう」

「元学園生徒のアン・ベックは今、シーランス家の領地から二つ離れたコルウェル家の領地で、父と母と幼い弟の四人で暮らしています。暮らしている家は変わっていませんが、父親が仕立て屋を営んでいた店は既に売られ、既に買い手がついています」

「……親族は?」

「父親の親族はいません。母親の親族はいますが年老いた夫婦が二人のみです。ベック一家はその夫婦の農家の手伝いをして暮らしています」

「そう。―---そのまま調査を続けて。何か分かったらまた報告に来なさい」


 鴉の眼をさっさと下がらせた。


 これだけか。まだ情報が全然足りない。その情報で君たちが動くんだよ?もっと頑張ってくれなきゃ、上手く動けないでしょうに。せっかく部屋が新しくなって気分が良かったのになぁ。


 (ぬる)くなった紅茶を残したまま、カップを机の上のソーサーに置いた。

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