7 鴉とお出かけ
次の日の夜、闇を纏った一人の男が現れた。フードを深くかぶり、仮面で顔を隠している。私は椅子に座ったまま、黒ずくめの男を来客用の椅子に座らせることなく応対した。
私が鴉を使うのを渋るかと思ったが、父は案外簡単に手配してくれたようだ。
「あなたが鴉ですわね」
「ああ、俺が鴉の頭だ。仕事の前に言っておくことがある」
体格や声からして壮年の男だろうか。頭を下げることのない横柄な態度。正直ムカつくが、仕方ない。私は当主の娘であって、雇い主ではないのだから。当主のみに仕える者が、その家族だからと簡単にヘコヘコする方が問題だろう。別に他に人目があるわけでもあるまいし。ムカつくが。向こうからすれば、私なんて一人で対処することも出来ずに親に泣きついた未熟者なんだろう…。
今は鴉と険悪な関係にならないようにしつつ、これ以上、見下されないように気を付けるしかない。
微笑むことも顔を顰めることもなく、静かな表情で男を見つめる。
「当主からはお前が俺たち鴉のことを外に漏らすようなことがあれば、当主の娘だろうと処分していいと言われている。それでも俺たちを使う気はあるか?」
お父様は甘々ではなかったようだ。溺愛された覚えがあるわけではないけれど。
歴代当主がヤバイことに使ってきただろうし、初めから秘匿するつもりだったよ。
「ええ、使いますわ。―---早速ですけど依頼内容は、元学園生徒アン・ベックと仕立て屋だったその家族が今どこでどんな暮らしをしているのか調査することよ。経済状況はもちろん、その周囲の人からどんな扱いを受けているのかも。ただし、調べていることを相手にも周りにも悟られないようにすることが絶対条件ですわ」
「承知した。―---入ってこい」
男の言葉に黒ずくめの影が増えた。こちらは体格からして少し若そうだ。
「今回の任務は此奴が請け負う」
お前が請けるんじゃないのかよっ!
「―---鴉の眼です」
本名ではなく仮名を名乗られた。眼という仮名なら、頭と名乗った方も鴉の長を意味すると同時に、それが仮名なのだろう。
彼らの本当の名前を聞き出して余計な危険に晒される気はないし、彼らは私の名を知っているだろうが、自己紹介なんかして私の名前を呼ばせる気はない。だからこれでいい。
「報告はその都度するように。―---分かったわね?」
「はい」
鴉の眼は軽く頭を下げた。
よしよし。
♢♦♢
休日、私はベアトリスとクラリッサとイザベルの四人でそれぞれの付き人を連れ、街へ遊びに行くことにした。
まず向かったのはベアトリスが利用したという雑貨店だ。馬車から降りて店に入ると、私たちと同じ年頃の娘たちが多くいた。内装は少女たちが好みそうな雰囲気になっている。
「ここは可愛いデザインのものを多く取り扱っていますの。ただ、少しカジュアルな作りですので、パーティーには着けられないけれど」
そう言ってベアトリスは近くの指輪を手に取って見せた。確かにパーティーで使う高い物に比べるとチープな印象だ。
「そうね。でも、普段使いには十分じゃないかしら。ちゃんと流行のデザインですし」
私が好意的な意見を返すと、彼女たちも安心したようだ。安い店を利用しているのを知られるのは、恥ずかしかったらしい。
「わたくしも実はこういった店をよく利用しますわ」
「クラリッサ様も?ベアトリス様はここでペンケースをお求めになったのよね?」
「ええ。この店は作っているところから直接卸しているので、自分の好きなデザインをオーダーすることも出来ますのよ。ペンケースを買うときもオーダーしましたわ」
「せっかく一緒にお出かけしたんだもの、記念にお揃いで何か買いませんか?」
店内をじっくり見て回った後、私は皆に提案した。
趣味の合わない店だったら言わなかったが、ここの品なら別に持っても良いだろう。
同じ持ち物を持って目に見える繋がりを見せつけるのって大事ですよね!
「良い考えですわ!」
「これなんていかが?」
「先ほど見たアレも良かったですわ!」
良いデザインの物が多いため散々迷って、四人で色違いの同じブローチを買うことにした。
雑貨店を出た後は最近オープンしたという喫茶店に入り、それぞれ違うものを注文した。
このケーキ、大目に見れば美味しい方だけど――――
「―---酸味が少し強すぎですわね」
「わたくしのは卵の風味をもう少し引き立てると良いですわ」
「生地がサクサクしすぎですわ。しっとり感も必要ね」
「ホイップを添えるべきですわね」
誰かのお気に入りの店ではなく、皆今回初めて入ったので、小声ながらも令嬢の肥えた舌で好き勝手に批評する。
そこを出ると、劇場へ向かった。私が人気の歌劇団の公演チケットを4枚手に入れたので観に来たのだ。
人気になるだけはある演技力と歌の美しさ。凝った舞台道具や衣装はその世界観を再現して目を楽しませるし、ストーリーも登場人物達の恋愛や成長が盛り込まれたもので、取りつきやすく面白かった。感情を共有して一体感を得る為に来たのだが、それを抜きにしても来て良かったと思わせるものだった。
夕暮れの帰りの馬車の中、私たちは夢から醒めきれない面持ちで芝居の感想を言い続けた。