2 手当と準備
侍女のサラとリタの声で目が覚める。
天井がやけに狭く、周りはカーテンで囲まれていた。
そういえば保健室で寝たんだった。
貴族は学園に付き人を連れてきても良いことになっている。王族は五人、公爵・侯爵家は二人、伯爵・子爵・男爵家は一人までオーケーで、平民はダメ。
そもそも、貴族のお嬢様・お坊ちゃんは今までさんざん世話をされてきた。それをある日から突然、自分のことは自分で出来るように、なんて無茶である。
私も当然、世話を受け入れる。
寝起きでぼうっとしている間に、サラが用意したぬるま湯が入った洗面器で顔を洗い、リタに髪を梳かれて見れる程度に姿を整える。
「ヴェルノ様がお見えです」
サラに呼ばれたヴェルノがカーテンの向こうから現れた。
相変わらず綺麗な顔をしている。顔の綺麗さに心の綺麗さが比例する訳じゃないが。
私にとってヴェルノの印象は面倒くさそうなヤツだ。
「気分は?」
「良好ですわ」
簡潔なやり取りの後、ヴェルノの指示でサラとリタに服を脱がされる。
ギョッとしているうちに、瞬く間に上下とも下着一枚まで脱がされた。
そういえば全身、打ち付けていたんだった。
運ばれたときは、気絶している間にしっかりばっちり手当されていた。
だから、恥ずかしいとか今更だよね!攻略対象だけど保険医だし!
体のあちこちに巻かれた包帯やら、湿布やらが剥がされると、痛々しい怪我が現れた。
紫色に変色したり擦り傷になっている状態を確かめたヴェルノの手が、丁寧に手当していく。
ときどき痛みが走り呼吸が乱れるが、私は努めてゆっくりと呼吸した。
自分の体温よりも低めな温度の手が体に触れる度、居たたまれない気持ちになる。
目線はヴェルノがいる方とは反対側にやり、ひたすら宙を見る。
この動揺、悟られてなるものか。
………ムリだと思うけど、できればあんまり見ないでください!
「昨日も言ったが、放課後はしばらく保健室に通うように」
全ての怪我を診終わると、ヴェルノはカーテンの外に出ていった。
やけに長く感じた手当に息つく暇もなく、サラとリタに今度こそ身支度をさせられた。
♢♦♢
一先ず、学園から私にあてがわれた部屋に行く。
公爵家の自室と比べると随分と狭いが、家具や調度品は貴族を意識した豪華なものだし、きっとこの部屋も他と比べたら広いんだろう。女子高生していた時の自室よりも広いし豪華だ。
だけど、今の私には不満である。
「サラ、あなたはこの寮の責任者に私の部屋をもっと広い部屋に移せるか聞いて下さる?部屋の内装は質素でも構わないわ。もし責任者が無理というなら、この部屋の内装を変えるように依頼を。
どちらにせよ、家で使っていたものを使いたいから、リタ、あなたは家に連絡を取って頂戴。
―------ああ、あとお姉さまがわたくしに書いてくださった手紙も全て送って頂戴。」
「「かしこまりました、フィリアお嬢様」」
扉まで行くとサラが素早く開けた。
私に続いて侍女二人も部屋から出て寮の門まで行くと、手触りの良い皮の鞄を手渡された。教科書が入っているためか、なかなか重かった。
侍女のどちらかに持たせて私に付かせておこうか。でも、二人に頼んだ仕事が遅れるのは嫌だ。趣味じゃない部屋で学園生活を送るのはごめんである。
仕方ないかぁ。
それにお付がいない方が動きやすいかもしれない。
「「行ってらっしゃいませ」」
不満を飲み込み二人に背を向けて歩き出すと、見送りの挨拶をされた。
振り返ると、一礼したまま頭を下げていた。いつもならこのまま行くが。
ふむ。
言っても良いかもしれない。
「行ってまいります」
二人の驚いた表情に、してやったりと思いながらにっこり微笑み、今度こそ歩き出した。