表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

1 フィリア

 わたくし、フィリア・シーランスは怒っていた。頭に血が上っていた。激情で周りが見えなかった。


 国立ヴィストロ学園は周辺諸国の中で最も大きな五年制の学園で、自国の貴族はもちろん他国の有力な留学生の他、優秀な平民も生徒として迎え入れていた。

 十二歳となったフィリアも今日入学したが、公爵令嬢として敬われることを当然としていた彼女は、平民と同列に扱われるのが我慢ならなかった。


 だから、二年先に入学し、平民に対する愚痴とどんなお仕置きをしてやったかを、ことあるごとに手紙に書き実家に送ってきた姉レイリアのもとへ行き、協力して平民をこの学園から追い出そうと思ったのだ。


 靴音高く、ドレスのスカートをさばきながら早足に歩いていたフィリアは、階段の頂上あたりで足を踏み外した。

 フィリアの怒り具合から、取り巻きも用事があると言って離れてしまっており、通る人も関わらないように隅によっていたので、支えてくれる人はいなかった。


 フィリアは全身を打ちつけながら階段を転げ落ちていった。




♢♦♢




「気が付いたか?」

「……ええ、わたくし、どれくらい寝ていたかしら」

「三時間だ。頭部を打っていたが、骨にも脳にも異状はない」

「そう」


 全身の痛みで目覚めると保険医と思われる白衣をまとった男が声をかけてきた。

 痛む体を見ると、ドレスではなくゆったりとした服に変わっていた。腕には包帯が巻かれ、きっとかけられた布で見えないところも包帯や湿布で治療されているのだろう。


 いつもの私ならここで「気安く話しかけないで」「痛いんだからさっさと治しなさい」と言っただろうが、今の私にはそんなことを言う気にはなれなかった。

 この目の前の、うなじあたりで緩くまとめた肩を過ぎる長さのさらりとした黒髪、細いシルバーフレームのメガネのレンズ越しに見える冷たい青い瞳、澄ましたようなこの綺麗な顔――――


 こいつ、乙女ゲーム『愛と恋の狭間で』の攻略対象のヴェルノ・キャッスルだ!!


「――――この様子なら大丈夫だろう。ただし、今日はこのまま休むように。先生方とお前の両親には既に連絡を入れてある。明日からの授業には出席できるが、放課後は保健室に来るように」

「分かりましたわ」


 診察を一通り終え、注意事項を伝えるとヴェルノは資料の積まれた机に戻っていった。

 何か書き物をしているようで、こちらをうかがう様子はない。

 動揺を抑えながら記憶を探った。


 たしか『愛と恋の狭間で』というゲームは、中世ヨーロッパの様な世界観で学園を舞台に展開されていた。

 ヒロインであるマリー何とかは平民でありながらも優秀であることを評価され、学園に入る。

 そこで五人の攻略対象と運命の出会いをし、貴族の令嬢であるレイリアからのいじめを受けながらも健気に頑張り、相手と結ばれハッピーエンドだったはずだ。


 まだ王子ルートしか攻略してないため、あいまいな部分が多いが、ヴェルノも攻略対象でレイリアに怪我をさせられたマリーはここで治療を受けていた。

 ………つまり私は今、ゲームの中にいるってこと?はぁ!?ここで今まで生きてきた記憶もリアルにあるんですけどっ!高校生してた記憶もあるし、一体どうなってるの!?


 …………ん?

 レイリア?


 金髪縦ロールで豪華なドレスを着て、扇子を仰ぎながら「おーほっほっほっ」と高笑いをし、マリーをゴミを見るような翡翠色の瞳で見下すレイリアの場面が浮かんだ。

 王子の婚約者である公爵令嬢レイリア・シーランス。


 ――――私のお姉さまではないか。


 しかし、ゲームでレイリアに妹がいたなんて記憶はない。レイリアの他にロングの金髪はいなかったはずだ。

 背中で挟まないように枕の横へよけた金髪は光に反射し、キラキラと自己主張している。


「お前は随分と大人しいな」

「え?」


 いつの間にかヴェルノがこちらを見ていた。


「お前の姉を知っているが、いつも活発で生徒の中心にいる」


 活発で生徒の中心とはマリー、いや、平民いじめのことだろう。

 つまりこれは嫌味ですね、分かります。


「姉妹だからと言って似るとは限りませんわ。わたくしは本を読んでいる方が楽しいと感じますの」


 ついさっきまでは姉妹そっくりだったがなっ!!


「学園に入るまでは家で教えられることが全てだったので、お姉さまには目新しいことばかりでつい舞い上がってしまっているのでしょう。わたくしも早く学園に慣れて、お姉さまにも落ち着いていただいて、学園生活を有意義に過ごしていきたいと思いますわ」

「なるほど。公爵家は教育に力を入れていたようだ。私もお前たち姉妹がこの学園に馴染めることを祈っているよ」


 ヴェルノの口元には笑みが浮かび、面白いものを見つけたように輝く青い瞳が、私を捕らえた。

 祈るって、手伝う気はねーよってこと?お手並み拝見ってこと?


 ふふふ、と挑戦的ではなく、穏やかに見えるように微笑みを返す。


 マリーには散々手を貸していたくせに!ヒロインじゃないからダメってことですか!?このケチ!!

 お姉さまが断罪されると、婚約破棄の他にお家取り潰しになって、私まで被害被るじゃないですか、ヤダー!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ