5.奇術師VS処刑人Ⅵ
ギルは自信に満ちた、バマシャフの言葉に反応する。
「……俺が……破れない……だと」
「貴方だけというわけではないですが……黒炎を持つ貴方なら尚更なんですよ」
「……試してみるか?」
その挑発めいた言葉にギルは乗り始める。もうここまでくれば、躊躇するよりも確実にバマシャフの息の根を止めたほうが良いと考える。
「それを使えば、貴方の方が死にますよ。最初の黒箱とは違い、『黒死脱出劇』(デスパレード)はどんな攻撃も返します」
それはどれだけ厄介なものか。己の技が強いものほど、自分にそれだけ返ってくる。黒炎を使えば、その威力を自らが身を以て知ることになる。
「ちっ……」
繰り出そうとその余波を見せたギルは、黒炎を収めた。
「普通はそうなります。それほどの能力なら、ますます致し方ない。ビビってしまうというものです」
ギルが躊躇したその様子を見て、バマシャフは愉快そうに笑う。それはバマシャフにとってかなり好都合なことだった。黒炎の対策はなく、最も危惧する存在だった。だがらこそ、バマシャフは失敗した。
「……今、何つった。俺が、ビビってるって言ったのか」
再びゆらりとその邪悪な気配を蘇らせる。今度はバマシャフがまずくなる番となる。
「……その炎に焼かれるのは、貴方でもかなり恐怖のはずですが……?」
「……上等だ……。使ってやるよ……!」
バマシャフは目を見張った。まさか今の説明を聞いあとに、あえてその方法をとるなど、正気の沙汰ではないと感じる。ギルはその強大な炎を再び導き出したばかりか、さらに荒れ狂わせる。
「……ハァ……どうするよ奇術師……さすがにこれだけデカいのを喰らえば、てめぇもくたばるだろ?」
二の次が告げなくなる。図星の表れだった。『黒死脱出劇』(デスパレード)に自信を持つバマシャフだが、あの黒炎だけは計り知れなく、受け切りることが出来るのか不確かであった。
もし僅かでも黒炎が上をいくならば、バマシャフもただでは済まない。その場合、存在さえ否定されてしまう。
「ここに来て……なんと狂暴な炎だ。やはり貴方も同じだ。ギリギリのなかで、命のやりとりを楽しむ私と!」
バマシャフが跳ぶ。わざわざ受け手には回らない。ギルが満身創痍なのは明白だ。撃たせないほうがてっとり早い。
「……ハァ……舐めん、なよ。……お前が、攻撃することは……もうねぇ!」
「……ぐ……ぅ!」
それは刹那の差。バマシャフの動きがギルを捕える一瞬矢先。凶々しい炎がうねりを上げて何処までも狂う。
「ふはは、それは残像だ」
独自のステップで残像を見せる移動術。黒炎は残像を呑んだ。本物は悠々とギルの死角をついて、背後に差し迫る。
「……だろうな」
「……!?」
ギルは惑わされることなく、本物を捉えていた。背後に回るバマシャフに対して焦りはもうない。
「何故、見切れた……」
「動きが、ワンパターンなんだよ……あとは、勘だ」
「……不覚」
バマシャフが呑み込まれる。その勢いは果てしない。ほどなくして鎖が飛び交かった。炎の中では箱が出現し、『黒死脱出劇』(デスパレード)が発動している筈だ。
黒炎が燃え盛るところへ、同様に数多の剣が降り注ぐ。黒炎で剣は、灰となっているのか、役目を遂行したのかは不明だった。いずれにしろもはや剣など意味はない。
「ハァ……、ハァ……」
ギルはその場に倒れる。今ので限界まで能力を出し切った。意識さえ危うい状態の筈だ。『黒死脱出劇』(デスパレード)が破れない場合、それは全てギルに返される。破れなかった時点で、ギルの敗北が決定する。
「……あぁあ……ぐぁぁあぁ……ぅぐぅあぁぁああぁあ!?」
炎のなかで苦しむ悲痛な叫びが響く。しかしどれだけ叫んだところで炎は衰えない。燃やし尽すまで消えない魔性の炎は、いつまでも君臨するようにさえ感じさせた。
だがそれは錯覚に過ぎず、やがて勢いが収まってきた。それはギルの限界をも示す。
「……ふ、ははは……」
ギルは倒れた状態で顔を上げた。バマシャフは何処にも見当たらない。だが、声だけが聞こえる。
「……ハァ、……まさか、ここまで手酷くやられるとは……」
「ぐっ……ハァ……出て来いよ……」
「ふふっ、今日のところは……私の負けということで……退きましょう…」
ギルは叫んだ。
「逃げんのかてめぇ!」
「心配しなくても……、必ず、また会いに来ます……。貴方は、私が殺しますから。それまで……誰にも殺されないよう、お願いしますよ……」
またも逃がすなんて失態はギルは認めたくなかった。生かしておくには危険である。黒炎をここまで使っておいて、今こいつを殺さないでおくと、切り札は他の魔界の住人にも確実に知れ渡る。切り札を敵に知られる程、勝率が薄まることはあるまい。
「俺は……まだやれる。まだだろうが!」
「……最後に、イイコトを、教えて……あげましょう……。貴方の連れが、今頃危険な筈で…す…。私なんかより……早く行って、あげてはどうですか……。ふふ、ではまた、いずれ……」
それがバマシャフが言い残した言葉となった。ギルは歯を噛み締める。
(あの野郎……、わざと最後まで、黙ってやがったな……)
自分との戦いに集中させるため、また最後には自分への意識を半減させるため。ギルは紗希のところへ急いで向かおうと足に力を入れる。
「くそっ……」
だが立つことはなく、その場で横たわる。意識も途切れた。体から広がる紅い血。それは大きく大きく広がり、床の赤い絨毯をさらに染め上げた。