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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
2章 闇からの招待状
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5.奇術師VS処刑人Ⅴ

 バマシャフがブツブツと何かを唱え始める。よく聞こえないほど呟く程度だ。秘術とやらのための準備だということはすぐに伺えた。ギルがそんなことをわざわざ待つわけはない。もはや出し惜しみすることなく、ギルは黒炎をその身に纏い、突進していく。

 初撃は滑り込むように足を狙った蹴りを放つ。両手を支えにした渾身の蹴りだ。バマシャフはまだ何かを呟きながら飛ぶ。すぐさま、狙いすまし黒炎を撃つ。当然バマシャフは『空の箱庭』で、空中にて方向転換を行う。それをも予測し、ギルはバマシャフの後を追う。


「……!?」


 バマシャフ自身が影となり、放たれるナイフの群れに対する反応が多少なり遅れた。


「今更効くかよ」


 黒炎を用いれば、ナイフの群れなど意味がない。あっさりとその存在を消滅させる。


「ただの時間稼ぎですよ」

「つっ……」


 今度はバマシャフを中心にカードが舞う。トランプだった。それが一斉に、後ろに控えるギルに向かう。ギルは避けようとせず、ただかいくぐる。黒炎を撃てば、バマシャフのトランプといえど関係はない。そうしなかったのは、黒炎の消費を抑えたのだ。

 そして、バマシャフ本体に向けて渾身の炎を向ける。だがやはり、奇術師の動きは簡単に捕まらない。


「ふは、なんて狂暴な炎だ」

「余裕こいてられるのも今のうちだ」


 一気にバマシャフのもとへと駆け抜く。軽く飛び上がり、遠心力を加えた蹴りを、上から落とす。バマシャフは危険を察知して腕を挙げて守りに入る。ギルはそのまま掌を広げた。ボゥと一瞬、黒炎がうねりをあげる。


「喰われろ」

「……ぐっ……」


 再びバマシャフを呑み込む。だが、それは止めにはならなかった。受けた奇術師の体は黒く染まり、溶け落ちていったのだ。


「ちっ……」

「……ハァ……全く、影まで失うとは……だが」


 これまでギルはいくつものダメージを受けてきた。それは当然支障をきたす。限界が来ているのはギル自身がよく分かっている。さらに能力の代償を考えると、長期戦の結果はギルの勝ちは限りなく薄い。

 バマシャフが何かをするというなら、させるわけにはいかない。何かを口にしようが、わざわざ聞いてやるほど悠長には出来ない。消した対象が影だったならば、迅速にまたバマシャフへと向かった。


「準備は、もうすぐ整います」

「……!?」


 ここに来て、『旋歩』と『空の箱庭』がその効力を発揮する。流れるようなギルの、蹴りあげる飛蓮閃ひれんせん、そしてそのまま空中での回し蹴りの旋空閃せんくうせん、叩き落とす雷光閃らいこうせんを避け、迅走しんそう十九閃きゅうじゅうせんも完璧に避わしてみせた。


「っ、……!?」


 黒炎を放とそうすれば、逆に問答無用で相手を吹き飛ばす掌底、『烈掌れっしょう』を受けてしまう。


「ハァ……ハァ……」


 攻め立てた流れを止められ、ギルの呼吸はツケが回ってきたかのように、激しいものとなる。バマシャフは休息と、最後の準備を完了させるため、『空の箱庭』で宙に留まっていた。


「万物は我が手に。闇にそびえる暗黒の柱。燃ゆる炎は悉く。重き枷が影を奪う。束縛せよ。蹂躙せよ」


 決まり事のようにスラスラと唱えるバマシャフの元に、邪悪な気配が集う。


「灰鉄たる痛撃。赤主たる災厄。散在する無音の刃。絶望の淵に沈黙せよ。死を誘え『黒死脱出劇』(デスパレード)」


 バマシャフを下から囲い覆うものが出でる。黒い箱。そこに自らが入る。完全に中に入ったあとには、鎖が出現し、箱を縛りあげる。ジャラジャラと、そしてギシギシと音を鳴らす。

 降り注ぐはこれまでの倍近い最多の剣。一斉に箱を貫く。その光景は異様なもの。中にいる奇術師は血まみれのはずだが、その様子は外からは分からない。そして下から紅く燃え上がる。火葬される棺桶のように、その勢いは歯止めがなかった。処刑人はただその一部始終を見ているしかない。


「…っっ!?」


 弾ける。異様な黒く大きな箱は吹き飛ぶように消え失せる。バマシャフが再びその姿を現したとき、剣閃と獄炎の衝撃は全てギルの体に及んだ。対してバマシャフは、先ほどの自分に向けた攻撃は全く受けていない。ギルはついに、その体を床に預けてしまった。


「私は思うんですよ。奇術の頂点はやはり、死を連想させる状況からの脱出ショーだとね」


 ギルは何も返さない。動くこともなく、口を開くこともない。


「……ふふっ……おやおやもはや聞こえてはいないのか。最後は実にあっけない。まぁ、これまでこのショーで生きていた者など、存在しないですからねぇ」


 バマシャフは背を向ける。ひときしり遊び終えた玩具には興味を失くし、次の舞台へと向かう。自分が奇術を披露できる最高の舞台へと足を運ぶのだ。今頃なら、執行者はまだ奇術のパートナーとして舞台へ上がれるだろうと見越してだ。

 だが、それは叶わない。次なる舞台へ移行するには、いささか時期が早すぎる。まだ、この場で奇術を披露出来るからだ。


「なら、これで記録は打ち止めだ……」


 それは少しばかり遅れた返答。だが、はっきりと理に適ったものだった。何故立てたのか、ギル自身不思議なくらいだ。黒炎はもう既にどれ程使用しただろうか。とっくにギル自身が定めた限界を超えていたのだ。


「……これは、驚いた」


 その今にも死に瀕しそうな、弱った処刑人を目のあたりにしてバマシャフは言う。正直な気持ちだ。まさかこの脱出劇を目にしてまだ立ち上がるとは考えていなかった。

 だが、表情は口元を吊り上げている。どこまでも殺しがいのある獲物に嬉しくなったといったところだろうか。


「しかし、あと一発、黒炎を撃つのが精一杯でしょう?」

「……それが、……どう、した?」

「何度立ち上がろうが、貴方に勝ちはありえない。そしてもう一つ私に勝てない理由があるんですよ」

「……あぁ……?」

「簡単なこと。先ほどの『黒死脱出劇』(デスパレード)を、貴方が破ることは出来ないのだから」

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