5.奇術師VS処刑人Ⅳ
空中でギルが捉える。今まで得た情報において、バマシャフが対抗する術は存在しない。
「……っ!?」
標的に迫るその一瞬、ギルが弾け飛ぶ。何が起きたのか。飛び上がったギルは、気付けば床に叩きつけられていた。
「私に手はないと思いましたか?」
バマシャフはマントを広げることで一定時間浮くことが出来る。しかしそれは、ただの補助的なものに過ぎない。メリーのように自由自在に浮くことは出来ないし、まして、空中で地上でのような急加速は出来ないはずだった。
ギルは忘れていた。この場所においてバマシャフが取った行動にはなかったが、街での攻防でバマシャフが浮いていたのを。
「これが私の真の能力、『空の箱庭』です」
「そういや、お前も飛べるんだったか」
「いやいや、私に飛行能力などない。これは立っているだけです」
そう言ってバマシャフは、宙に浮いた状態で足踏みでコツコツと鳴らす。バマシャフの下には透明の床が存在しているようだった。
「大気に床を創造し、それに私にのみ重力を発生させるようなものと思っていただきたい」
「なるほど。さっきはそれを蹴って反動つけたわけか。だがそうと分かればたいしたことねぇ!」
ギルは疾走する。低い体勢から一気に駆け抜け、潜り込む。それを見定めると、バマシャフはオリジナルの移動術、『旋脚』で対抗する。
「……!?」
またも三人ほどに見えてしまう。しかし、決定的に違っていた。先程までは地の上でを並ぶ形であったが、今回はそんな法則がない。真横の状態でも現れ、頭を下にした場合もある。バマシャフは宙を駆けていた。
「喰われろ!?」
ギルは、惑わす三人分全てを攻撃範囲に広げた。しかしその広大な黒炎をも、バマシャフは避わしていた。目を反らすことなく、瞬きすら惜しいように目を見開いた表情は、感動さえ生まれていた。
「何と……素晴らしい。しかし、当たらなければ意味はない」
ギルは接近してきたバマシャフに腕を向ける。三人いようが攻撃の手を止めることはない。だかあまりにも無謀とも言える。見切ることの出来ない今のギルに、策なしでは荷が重すぎた。狙った標的は残像で、ただ空を切るのみだ。
「ぐっ……!?」
すかさずバマシャフは、隙が空いたギルの腹部に蹴りを入れる。反撃してきたこいつが本物だと察知したギルは攻撃に転じるが、またも攻撃が成立する頃には残像とすり変わる。
「さらに増やしてあげましょう」
「……くそが」
見えるバマシャフは四体。攻撃したとして、本物に当たる確率は四分の一。割りに合わない。それでも行くしかなかった。もはやギルには、黒炎を出し惜しみする余裕は消えていた。
「それも外れですねぇ」
打っても打っても、崩れてはまた四体現れる。同じやり取りの繰り返しが続いていた。
「恥じることはありませんよ。パワーなら貴方が上でしょう。スピードもたいして大きな差はない。複数に見えるのも、貴方が私を捉えきれないのも私の業です」
「何が言いてえんだっ……!」
動き回るバマシャフは、四人が同時に話しているようにさえ思わせる。
「貴方の能力は底が知れた。私とここまで戦えたのだ。誇りながら死ぬことを許しましょう」
そして同時四方向からの四重殺が放たれる。持ち得たナイフの方向に規則性は存在しない。血飛沫とともにギルが崩れる。いや崩れかけた。
「……むっ……!」
服を僅かに掴んだギルは、機会を得た。徐々に目を慣らし動きを先読みして、捉えたのだ。
「へ……、捕まえた。能力が知れたかどうか、こいつを喰らってから言ってみろ!」
服を掴んだ右の手元から、凶々しいオーラが膨れ上がる。それが一気に弾けた。
「ぐ……ぅ……ぐあぁぁあぁああぁ……!?」
黒い炎を全身で浴びる。バマシャフの姿は全て包まれた。尋常ではない叫び声が部屋中に木霊していた。
まともに黒炎を受けたバマシャフは沈んだままだ。形が残っているだけでそれは評価される。本来、魔炎に喰われた者は消滅するのみの筈だった。
「……なんて野郎だ」
だから、起き上がるバマシャフは尋常ではない存在と言える。燃やされた格好はとても紳士とは呼べない。だが、バマシャフの落ち着いた様子は紳士に相応しいだろう。
「はぁ、はぁ……随分、酷い目に遭ったものだ。さすがに……死ぬかと思いましたがね……」
ギルは何も返さなかった。俺も殺したと思った。普段ならそう返したかもしれない。そうしなかったのは、バマシャフのただならぬ気配を感じ取ったからだ。殺気とは違う。予測はついていた。
いつしか奇術師と呼ばれるようになった目の前の奴には、まだまだ相手を殺す手段、もとい手品を持っている筈だ。次は何を仕掛けてくるのか。警戒しなければ一瞬で殺られてもおかしくはない。
「まさか、ここまで私を楽しませるとは思いませんでしたよ。お礼に、私の秘術にて殺してあげますよ? 処刑人」




