5.奇術師VS処刑人Ⅲ
遊びは終わり。それを両者が感じ取る。躍起にならざるを得ないほど戦いは激しさを増した。
「ちっ」
ギルが繰り出す攻撃を悉く避わす。首を狙えば、少し傾けるだけでバマシャフは見切る。空いたであろうその隙を狙い、ギルの腹部にバマシャフが膝蹴りをお見舞いする。ギルはそれを、逆の手で受け止めて防いだ。
「むっ」
ならばと、バマシャフは右の掌をまだ空いている上半身に打ち込む。パシッ、とギルは打つ腕を掴む。真正面から防いでは、その掌底の衝撃から吹き飛ばされるであろうことが、既に受けたことから予測出来た。
「……!」
掴んだ腕はニョロリと変貌する。人の腕ではなくなった。蛇となってそのままギルを襲う。ギルは引き千切り、蛇の頭を投げ捨てる。隙を狙ったバマシャフがギルを蹴り上げる。
まともに喰らい体が浮く。追撃として、バマシャフのさらなる蹴りが襲う。斜め下から斜め上に軌道を描く右足に、ギルはタイミングを計り自分の足を据える。バマシャフの蹴りを踏み台にし、バマシャフを飛び越える。
「ぬっ……しまった」
ギルはそのまま走る。真に狙うはバマシャフではなく、積まれた黒い箱。カウンターボックスである。いちいち串刺しにされるのは邪魔で仕方がない。ギルはさっきからこれを狙っていた。
バマシャフが剣を取り出し、ボックスに投げる暇を与えないほどの、近距離の戦闘に持ち込んでいたのだ。
「迅走・十九閃」
バラバラに破壊したボックスは跡形もなく、消滅した。
「これで、かなり戦いやすくなる」
見据えるギルに対して、バマシャフは決して引けを取らない。自分が用意した箱を壊されても憤慨などしない。
何故そんなものを感じる必要がある。むしろ、口元をつり上げてしまう。中々この目に見せてくれないというのに、歓喜してしまう。
彼は退屈だった。やはり久々に楽しい。バマシャフはそう思う。だが、そうじゃない。もっとだ。
「もっと、貴方には見えぬ底がある。そうでしょう?」
「……」
ギルは答えない。バマシャフが示す底とは他ならない黒炎のことだろうからだ。
「もっと、もっと……楽しませてください」
バマシャフが左右に分かれる。二人になった。少し驚いたが、似たようなことをする奴は他にもいる。ギルには今更という気さえしていた。
「分身か? お前にしては芸がないな」
ギルのその言葉にバマシャフはふっと失笑する。
「これを分身と認めるのであれば、貴方にはもう後がない」
「何だ…とっ…!?」
カチンときたギルは次の瞬間、信じられないといった様子だった。随分と距離が空いていたはずが、バマシャフは一気にその距離を縮め、ギルの後ろを取る。油断じゃない。見逃した筈もない。ただ単純に……。
「今の動きが見えましたか?」
「ちっ……」
振り向きざまに回し蹴りを繰り出す。しかし次の瞬間にはもうバマシャフは消えていて、再び後ろを取られる。いや、右と左も取られていた。
「……てめぇ」
「お分かりか? 分身ではない。ただその速さ故に分身したように見えるだけ。つまり貴方には、もう私を捕えることは出来ないのです」
ギルは振り向きながら足を曲げ、体勢を低くした。そして相対するバマシャフを見送りながら床を蹴る。上ではなく、あくまで後退のために反動を利用した。
「……!?」
「そろそろ切り札を出さないと詰みますよ」
ギルの迅速な危機の脱退だが、後ろ跳びした背後にはバマシャフが控える。完全にギルのスピードを越えていた。
「三重殺」
「……が、っ……」
分身したようにも見えるそのスピードで、ギルを襲う。同時に三方向からの襲撃だった。
「……ハァ、ハァ……」
「面白いでしょう。純粋な速さだけじゃなく、私独自のステップを用いた動きでね。これも手品の一つといったところですか」
バマシャフは激しい呼吸を繰り返すだけのギルを見据える。これだけ追い込んでみても、なお黒炎を出す気配がない。そのことに焦燥感を抱いていた。
「そろそろ意地を張るのはやめたらどうですか。別に使ったとしても、結果に支障が出るわけではないのです。後悔させないという意味で、私は慈悲を与えているのですよ」
「……何だと?」
「言い直しましょうか。たとえ切り札を出しても、貴方は私には勝てない。そう言っているのですよ」
ギルは僅かにうつ向く。そしてはは……と笑う。限界は近い筈だが、殺気はさらに増した。
「……いいだろう、奇術師。てめぇの挑発に乗ってやる」
「くくっ、光栄です」
何も憶するものはない。防がれる筈もない。避けられるものなら避けてみればいい。静かに、悠然と、ギルはその戒めを放つ。
ドクン―
一際大きく鼓動が跳ねると、大きな禍の予兆に似た空気が周りを包み込む。そして、纏うようにして漆黒の魔炎が姿を見せた。
膨大な攻撃範囲はバマシャフを呑み込んだ。が、オリジナルの移動術があるバマシャフは、大きく飛び上がる。マントを広げ、滑空した。そこに狙いをつけ、ギルが跳ぶ。黒炎をフェイントに使ったのだ。
「空中じゃあ、速くは動けないだろ」
「……!?」