5.奇術師VS処刑人Ⅱ
「……ごほっ! ハァ……」
打ち付けられたギルは一撃で流血が酷い。シンプルな白い半袖シャツもボロボロになっていた。紅く染まる傷と、きつく巻かれた包帯がのぞく。
「ふふ、まだ病み上がりだったのですかな」
「気にすんなよ。完治はしてる。医者がうるせぇからしてるだけだ」
「それは安心した。もうお預けはご勘弁願いたい。貴方を殺してみたくてうずうずしていますよ」
もう一度同じ業を撃つのだろう。バマシャフは再び、今度は獅子を召喚し、輪を潜らせる。
「ふ、そう同じ業が通じる相手ではないか」
「当たり前だろうが」
ギルはそのスピードとタイミングを計り、横っとびでかする程度に抑えた。そのままバマシャフに向かう。
「ふっ……」
不適に笑うバマシャフの背後から黒い鳥が舞い出る。それらは皆一度、バマシャフが真上に投げる輪の中を通る。鳥らはスピードと力を得てギルに向かった。
「そいつらじゃパワーが落ちてんだよ」
上昇させたスピードを見切ったギルにはもう効果は薄い。虎や獅子に比べパワーがガタ落ちするなら、その効果は期待出来ない。その全てを叩き落とした。
「……!」
ギルが次にバマシャフを目に留めた時、横に縦に三つほど積まれた箱が積まれていた。黒い装飾の箱は積まれたことにより、一人分が入れる大きさとなっていた。
「さぁ次の奇術といきましょうか。奇術№143『カウンターボックス』」
バマシャフがおもむろに口から剣を取り出す。その長い刃で、積まれた箱を突き刺した。
「……っ!?」
瞬間、ギルが血を吹く。ギルの体には何も刺さっていないものの、傷口は確かに浮かび上がる。
「ふふ、その名の通りこの箱はダメージを私以外に移す効果があるんですよ」
そう言いながらまた二本目を刺す。さっきは腹部。今度は肩。箱の何処を刺すかによって、与えるダメージの箇所は割り振られているらしい。
「厄介なもん出しやがって」
このままではバマシャフは箱を痛めるだけでギルに勝ち目はない。そんな暇がないよう、激しい攻撃を繰り出す。バマシャフも三本目の剣を手にしたが、すぐにギルと相対するために用いる。
「ぐぅ……!?」
腹に打ち込む。バマシャフのスピードもたいしたものだが、ギルが僅かに上回っている。近接格闘においてはギルが有利だった。しかしバマシャフはそれを許さない。手にしていた剣を急に投擲する。ギルは構わず攻め立てる。
「……ぁ!?」
勝負を焦った。投げられた剣が何処に向かったか確認すれば、剣を追い掛け止めに入ることも出来なかったわけではない。今、三本目が箱に突き刺さった。
「こんなもん、効くかよ」
元々退くという性分でないギルだが、退いてはいけない場面を把握している。ここらで退こうものなら、その瞬間、バマシャフは見逃すことなく牙を向けるだろう。それも、決め手となるであろう牙を。
「むっ!」
「終わりだ。奇術師」
ギルは渾身込めた腕を伸ばす。三本目を刺したにもかかわらず、向かってきたギルの行動にはバマシャフも驚いたはずだ。とっさに反撃する。
「ネタ切れだな」
反撃の手は以前にも見せた。口を開き銃口が覗く。しかし今は違う。退くことを眼中に置いていない。ギルはより早く心臓を貫く。
「ぐ、あぁあぁっ!?」
「今、お前の心臓を掴んでいる。潰させてもらうぞ」
「ハァ、ハァ……残念です……。まだ、あの炎をこの目に焼き付けていないというのに……」
勝負は一瞬で刷り変わる。優勢だった者が次の瞬間には劣勢に変わることもある。拮抗した両者が、一瞬で差が開くことも有り得る。
「本当に、残念です……」
「……っ!?」
「それは私の影ですよ。処刑人」
ギルが貫いたのは、バマシャフではなく、あくまで彼が用意した身代わり用の影だった。役割を果たした影は溶けるように姿を消していく。ギルの背後に回るバマシャフは、武器を持たず素手でギルの体を一刺しにする。ちょうどギルとは横向きであった。
「……か……ぁ!?」
抵抗の余地もなく、ギルは前のめりに倒れる。床に血が広がっていく。
「やはり温いですねぇ。貴方は黒炎がなければ、たいした事がない」
バマシャフは肉体を貫いた左手を白いハンカチで拭く。赤く染まってしまったハンカチはもういらないのか、無惨に投げ捨てた。
「ぐ、ぅ……」
「さて、これでお分かりになられたかな? まだ余力はあるはずだ。さぁ出してください」
立ち上がったギルは笑った。口元からも血が垂れている。よろっとフラつく何処に、笑う余裕があるのか。
ギルは親指を立てて下に向ける。そして顎を上げたあと、親指を延ばした右手を自分の首元で、左から右に素早く移動させた。
「……ぐっ、ぐはっ……!?」
その瞬間、バマシャフが苦しみ始める。先程のような演技ではない。前屈みになって血を吐く。拭ったばかりの左手で口に垂れる血を拭いた。
「こ、これは……」
「へ、気付かなかったか? 奇術師。まだまだ切り札は出せねぇなぁ……」
「……いいでしょう。出させるまで追い詰めてあげますよ」