5.奇術師VS処刑人
「探したぞ」
ようやく見付ける。無駄な部屋数が多かった。時間は掛かったが、辿り着くことは出来た。
「おや。私の記憶では、確かジールにやられたはずだが……」
「ふざけんなよ。俺を誰だと思ってやがる」
そこには正気のギルがいた。少し危険な状態だったが、とりついてきた浮遊霊である、ジールを追い出すことに成功した。その後館を駆け回るものの、結局、最奥の扉を開けたところ、奇術師バマシャフは安置された椅子に腰をかけていたのである。
「ふふ……魔界でも恐れられる処刑人様。だったかな」
ゆっくりとバマシャフは立ち上がる。読み更けていた本を閉じて宙に放る。本はシュッと消えて所在は分からなくなるが、バマシャフの奇術で仕舞ったのだろう。
バマシャフはさらに、ポケットに入っている手袋を取り出す。片方を口に咥え、手をおさめていく。
「あぁ。約束通り、わざわざ来てやったぞ」
ギルもゆっくりとバマシャフに近付いていく。開けたドアが勝手に閉まったが気にしない。その瞬間何をされるか分からないからだ。
「ジールは不完全な存在でしたよ。媒体がいなければ酷く脆い。だからあえて媒体を晒し、自分が本体だと相手に強く認識させる。貴方に対してそうしたようにね」
「どうでもいい。もうあいつはいないからな。それより、自分の心配をしたらどうだ?」
手袋を填め終わると、今度は蝶ネクタイに手を伸ばす。多少のズレでもあったか真っ直ぐに正す。
「その前に一つ訊きたい。どうやってアレを追い出しました? ジールの憑衣は厄介なはずですが」
「確かにしつこかったな。内に入られたんじゃどうしようもねぇ。だから自分から出るように仕向けたんだよ」
「ほう、どうやって?」
「黒炎を撃つと脅したら郷を煮やして出てったぜ」
「そして実際に撃ったと。ふふ、ふふふ、なるほど面白い。前座があったわけですが、支障はないですかな」
「あぁ……全くねぇな」
「結構。やはり貴方は期待通りの男だ。ではショーの始まりといきますか」
「……!?」
先に仕掛けるのは奇術師だった。開始を宣言すると、マントを広げる。そしてマントを翻すと、後方からナイフが飛ぶ。もちろんギルに向かっている。
「っ……」
その何本もあるナイフだが、所詮真っ直ぐに飛ぶだけの投擲にすぎない。ギルは容易く避わす。が、バマシャフは細かな隙をついてくる。
「どうしました? 私にも見せてくださいよ。あの炎を。黒く恋い焦がれるように、まるで魂を揺さぶるような、あの魔炎を」
右腕を伸ばす。袖口から突き出ているのは、ナイフの山だった。避わして攻撃へ転化するギルだが、バマシャフはそこまで甘くない。最低限の動きで避けたギルのもとへナイフが飛ぶ。バマシャフの腕に装着されたナイフの山が射出されたのだ。扇状に飛ぶことで、まだ近くにいるギルは射程圏内だった。
「っ……!?」
怯む。予期しない無防備なところへの攻撃だ。そしてバマシャフは追撃を続ける。左手をギルの胸元目がけて打つ。
「……っかは!」
その威力は吹き飛ばされることで分かる。一回床で弾く。腕を支えにしてギルは跳ねるように態勢を整える。二回目床に触れそうになったところで、ギルは消え失せた。足をバネにしてバマシャフのもとへと返る。
「こいつを見切れるか?」
そのまま迅走・十九閃を繰り出す。一瞬の間に、十九もの攻撃を相手に叩き込む。その速すぎる動きは洗練され、斬撃の効果を生む。
「ちっ……」
バマシャフを通過したギルは、苦々しく舌打ちをしてバマシャフを視界に留めた。
「ふふ、良い業だ。だが、それでは私には及ばない」
バマシャフの服は切り裂かれ、ボロボロとなっていた。血も流れている。効いていないわけではない。しかし、今まで仕留めてきた奴らとは明らかに違う。
「何故躊躇うのです? 私は貴方の炎に魅せられた。是非戦いの中で目にしたい」
「えらく気に入ってるようだが、簡単に見せるのもつまらないだろ。そんなに見たきゃ俺に出させてみろよ」
「……ふ、いいでしょう。ついでに教えてあげますよ」
ギルの挑発に乗るバマシャフはそう言って、頭に被るハットを手に取った。その行動に用心しながら、ギルは尋ねる。
「何を教えてくれるって?」
「貴方は黒炎なくては私の相手にもならないということをですよ」
街でやり合ったように、バマシャフはハットを逆にして何かを取り出す。それはこの世の法則を無視し、バマシャフよりもかなり大きい虎がハットから出てきた。
「使い魔なんかじゃ俺を殺せねぇよ」
「承知していますとも。ちなみに、この子は囮というわけでもない」
ギルは自分の気を引かせるために召喚したと思っていた。もちろん以前街での失態をするつもりはない。奇術師から気を逸らすことはないだろう。しかし、奴はそれですらないと言う。
「ただの媒体なんですよ」
手品のように取り出したのは大きく赤い輪。それは、この虎でもくぐれるだろう大きさだ。
「はっ、虎が輪をくぐるショーでも見せてくれるのか?」
冗談じみたギルの問掛けだったが、バマシャフはそのまま肯定した。
「ご名答。受けてみてください。我が奇術076番『暴れ狂う獣』」
太い足で跳ね、駆ける灰色に近い虎。バマシャフが用意した輪に向かう。輪を通り抜けたその瞬間、全てが変わった。ボゥッと蒼い炎かと思われたそれが、通り抜けた虎の体を覆う。そしてスピードがさらに上がった。もはや、虎自身の脚力だけでないその勢いは、遥かに増す。全身を潜り終えると、まるで大砲のように撃ち出される。虎という姿を借りた弾がギルを襲った。
何かが来るだろう。それは容易く予想出来ていて、ギルは心構えをしていた。だがそれにも関わらず、ギルが避け切ることは叶わない。
「っ……!?」
そしてそのパワーも半端ない。先刻の、人間を媒体にしていた浮遊体の渾身の拳よりも、ずっと上だった。




