4.メリーの館 後編Ⅸ
「分かったか? こいつも魔界の住人……今まで殺されなかったのが不思議なくらいだ」
クランツが私に諭す。でも茉莉の豹変ぶりになんかついていけるわけもなく、私は茉莉に確認するしか出来なかった。
「茉莉……嘘、でしょ?」
「いいえ。メリーに能力を与えすぎてね。私が今出来る力はたかが知れてて人間と変わらない。それでも油断させればいけるはずだったんだけど、メリーがしくじったせいで人形どもは機能しなくなって困ったわ」
「それじゃあ、あの時扉が開かなくなったっていうのは……」
「そう。私が閉めて押さえてたのよ。あと困ったのは、部屋を探索すると言い出したことね。他人に部屋を荒らされたくなんかないもの」
「で、でも……最初に助けてくれたじゃない」
「あれは貴方に興味があったから。ここまで私達魔界の住人に狙われて生き残る例は他にないはずだから、もしかしたら使えるものかとも思ったわ。けど、実際は真逆。いえむしろ、殺す必要があると思った。貴方は邪魔になると確信したわ」
そこまで聞いて脱力する。……そうか、と思った。友達が出来たように思ったんだけど、そうじゃなかったらしい。私は騙されてたみたいだ。しかも、優子を拐った側だったなんて。それに気付こうともしない私は……ホントに、馬鹿みたいだ。
「そいつから離れろ!」
クランツの怒声。言われてハッとなると、目の前の茉莉が私に手を伸ばしていた。
「……!?」
何かされる。クランツの言う通り逃げないと。そう思った時には、クランツが間に滑り込む。響く銃声。茉莉は人間離れした動きで躱し、距離を取った。いや、倒れるメリーの傍に向かったのだ。
「ちっ……。泣いてる場合じゃないぞ。確実にこちらが劣勢だ」
「あら。戦える人数はお互いに一人だけみたいだけど?」
メリーを抱えた茉莉……いやマリーが問い掛ける。メリーは、マリーを見上げて嬉しそうに笑う。
「白々しい。人形師のお前には造作もないだろう。メリーを直すことくらい」
「あら。知っていたの」
「報告は受けている。まさかそこにいる女と一緒に現れるとは思わなかったがな」
向き直ってクランツは言う。微かに私を見たあと、後ろを顎で指す。これは、私に逃げろと言っているのだろうか。
「残念だけど、一人も逃がすつもりはないわ」
マリーがそう言った途端、後ろにある唯一の出口が閉まる。
「紗希!」
「リアちゃん!?」
閉まるその刹那、部屋に入り込む黒い影。猫の姿のリアちゃんが入り込む。
「無事?」
「うん。無事だよ」
飛び込んでそのまま私のところにダイブしてきた。ガッチリと受け止めて、無事の再会を喜び合う。
「なら良かった。それでどういう状況? やっぱりあいつも敵だったみたいだけど」
あいつとリアちゃんが示すのはマリーのことらしい。リアちゃんも気付いていたのか。
「うん。紗希だけが連れていかれて凄く心配だった。でも、もう大丈夫だから」
そう言って、私から降りて人間の姿になる。大丈夫なんて言うけど、そんなわけはないと思った。リアちゃんだって怪我してた。本当は、戦ってほしくはないのに。
「くそっ」
クランツが歯を噛み締める。私がリアちゃんと話している間に、クランツはメリーの回復を阻むため攻撃を仕掛けていた。けどそれは失敗に終わったようで、今は自分の力で浮くメリーの姿があった。
「お前か」
横に並んだリアちゃんを見てクランツは舌打ちする。それに負けじとリアちゃんも殺気を放つ。
「何のつもりだ。手伝う気か?」
「私だって執行者と組むなんて本当は嫌。でも紗希を守るには、そうも言ってられない。敵は二人。そっちも荷が重いでしょ。知っている情報は?」
片腕の状態であること。銃弾も既にけっこな量を使用した。合理的に考えたクランツは、不本意ながらも了承して伝えた。
「……マリーは知らない。メリーはポルターガイストの能力、あと多量の剣を貯蔵している。剣を仕込んだ傘は防護壁を担っている。それくらいだ」
簡潔に伝えると、クランツは器用にも口に銃を咥え、右手だけで弾を裝槇した。
「遠距離で攪乱するタイプか。なら、私がやる」
「どうせなら、同士討ちでもしてくれたら有り難い」
二人は弾けるように別れる。その先、リアちゃんの前にはメリー。クランツの前にはマリーが待ち構えていた。
「次は貴方が相手なの? それじゃあ遊びましょうか」
メリーは街で見せた傘を振り回している。あれがメリーの武器なんだと思う。
「私はもう、人形と遊ぶほど子供じゃないから」
リアちゃんも風を巻き起こし、準備は万端だった。
「一応聞くけど、私の下につく気はないかしら?」
マリーは、何もしていない。自分では普通の人間と変わらないと言っていたけど、余裕がありそうだった。クランツが裝槇し終えた銃口を向けているのに、なおも揺るがない。
「さらさらない。貴様はここで朽ち果てるのだから尚更だ」




