4.メリーの館 後編Ⅳ
実存する、最後の部屋とも呼べる最上階の大広間。そこに可憐な人形の姿をしたメリーがいた。メリーは目を瞑り、ただ侵入者を感じ取る。
さらに、まるで鍵盤を弾くようにその美しい指を優雅に操る。実際に操っているのは、これまでにかき集め、完全に洗脳を施した人間たちである。宙を舞い、まるで
躍っているかのように華麗な振る舞いを見せていた。
「ふふ……」
微笑む。それは感じ取ったからだ。まるで自分がそこにいるかのような錯覚を覚えながら、誘いこまれた人間、紗希の終わりが見えたからだ。
正直、これほどまでにうまく行くとは思わなかった。もう魔界の住人のうちでは周知の事実ではあるが、あの人間の側には常に処刑人がいる。最近では風の能力を持つ黒猫まで一緒にいるらしいが、特に処刑人には要注意だった。
この前は視察だけのはずが、思わぬ戦闘へと展開された。これは自分が甘く見ていたのだ。わざわざ何の策も講じなくても、自分の能力だけでやりこなす自信はあったが、それも思い上がりだった。
餌をつらつかせると、標的の人間はもちろん、また当然に処刑人と猫はついてきた。
予測通り。そして今ではうまいことバラバラに分散させた。処刑人は奇術師。猫は私が。紗希は配下の人間を使えばいい。
「もう終わりね」
紗希もとっさに灰掻き棒なんか持ち出して奮闘しているが、それも時間の問題だろう。今やもう、逃げ道は絶たれ、配下の連中の格好の的となり下がる。あとの処刑人と猫は追々始末すればいい。これで、私は誉めてもらえる。
そう思ったメリーに、一筋の光が射す。
「……!?」
とっさに避わす。多人数を操るのは中々に労力がいる。集中を妨げられたため、紗希に迫っていた人間どもは糸が切れたように機能しなくなってしまった。
「……っ!?」
あと少しだったのに。その焦燥は妨げた主体に向けられる。光が飛んできた方を見る。壁があるだけであるが、小さな穴が空いていた。殺気も感じる。何かいるのは間違いない。
メリーが警戒を強めるなか、強固に創りあげたはずの壁が破壊された。それは先ほどよりも強大な光によるものだった。
「此処にいたのか」
現れたのは、コートを思わせる服を着た青髪の男。袖から片方だけ手が出てないのは片腕をなくしているようだ。
「少し時間が掛かってしまったな。だが気を取られていたおかげで侵入しやすかった」
メリーは次々と疑問を浮かべる。いったい誰だろうか。何をしに。確かに何も送らなかったと思うが、此処までそう簡単に来れるはずは。
「不思議そうな顔だな。これで分かるか」
ジャラリと何かを見せ付ける。なるほどとメリーは思った。見せられたのは鎖を纏う小さな紋章。執行者の証だった。
「私を、処刑しに来たのかしら?」
「聞くまでもないな。お前らは大々的にはしゃぎすぎた。気付かれないとでも思ったか?」
「まさか……。感付かれる前に出払う気だったわ。これだけ早いとは思わなかったけど」
「甘く見た結果だ」
執行者は左手に携えた装飾銃を構える。真っ直ぐにメリーに狙いをつけていた。
「魔界の住人は殺す。例外なくな」
撃つ。メリーは避けない。避ける力量がないのか、そう考えることも出来るがそう簡単な話ではない。執行者は酷く驚く。
銃弾はメリーの前で弾けたのだ。まるでメリーを拒絶したかのように。対魔界の住人用に創られた銀の弾丸に、そんなことがあるはずがない。メリーが何かしたのだろう。メリーはといえば、口元に手をもっていき、クスクスと上品に笑ってみせる。
「あらどうしたの? 私を殺すんでしょう?」
安い挑発だった。執行者は冷静に事を運ぶよう訓練されている。とても逆上するにはほど遠い。そしてこの程度では逆上する気さえ起きない。この執行者は自分の力量が遥かに上だと確信していた。
「あっさり殺されはしないようだな」
「それはそうでしょう? 私にもまだまだやるべきことが残ってるんだから」
フワリとその体を浮かせる。今度はこちらの番だと言わんばかりに、額縁、椅子、テーブルと、部屋に安置された家具類を手元まで浮かせる。
「……ポルターガイストの能力か。それはもう、今まで見飽きた」
そう言って、浮いた一つの額縁を銃弾で破壊する。破壊された額縁はガシャンと落下する。
「そう? でもこれでもそう言える?」
掌を掲げ、振り下ろす。メリーの意思を受け、家具類は執行者に向かう。これでもと言っていた割には単調すぎる。特によく見るポルターガイストとなんら変わりはない。ただのハッタリか。そう疑念を抱きつつ、執行者は軽く避わしていく。
「……!?」
ただ向かってくるだけの単純な攻撃はあっけなく終わった。そう思った瞬間、執行者に当たり損ねた物は、床に衝突するのを免れる。どれも寸前で急上昇した。これも大した事はないが、ただそのスピードが尋常ではなかった。
「ふふ、そこらへんの能力と同じに見てると死ぬわよ。さぁ、少しだけ遊んであげましょうか」