4:メリーの館 後編
「不可解ダろう。避けたハズなのに何故喰らっタのか」
「……うるせぇな」
確かに不可解だった。ギルは様子を見るため、目立った反撃は控える。敵の能力とも言えるカラクリを見切るためだ。しかし分からない。随分と異質だった。魔界の住人特有の気配は感じるのに、どう見ても人間だ。が、動きはやはりそれとは違う。生物としての動きを無視しているのだ。骨格が機能しているのか疑いたくなる。魔界の住人でもここまでの動きを取るだろうか。やはり元々人間の体を操られていると思われる。ただ随分と俊敏だが。
「……!?」
足をバタバタと鳴らして駆ける。それがまた速い。前に出す両手を足代わりに、前転する。両足を使った蹴りがくる。と、ギルは思った。応戦のため腕を突き出すと、繰り出された両足を敵の男は、ギルの腕に絡める。地についた手に力をいれ、ギルごと浮かせた。
「フハハ……」
転じて男は、自由になった右手でギルの顔面を掴み、地に叩き付ける。そのまま攻める男だったが、ギルに蹴り飛ばされ阻止された。派手に倒れる。仰向けから立ち上がるとまた不適に笑う。
「ふぅ。あぶナイなァ。大人しくしてモライたいぞ」
飛び起きてギルも立ち上がる。
「ちょこまか妙な動きしやがって。こっちの台詞だ」 「足掻く意味ハナイ。ジキにオレノモノダ」
「……どういう意味だ?」
こいつの目的が分からない。思えば、最初に殺す気はないと言っていた。翻弄のための嘘の可能性もなくはないが、さほど意味はない。何を考えているというのか。
だがギルはすぐに考えるのをやめた。殺してしまえばそれで済むのだから。
「さぁ次ダ」
「……!」
床にえぐられた跡が突然現れた。それは円を描くようにギルの方へ走った。危険を察知する。向かう不可視の物質の方向を見定め、外へと跳ぶ。
「むぅ……! 見切られたカ」
ポルターガイストではなく、不可視の何かが能力の正体かと予測を立てる。これならば避けたつもりでも喰らってしまうだろう。
「何かコソコソと隠してやがるな」
ギルは揺さぶりをかける。
「床にかすれてしまうとはヤラレタ。ならモウ隠しても仕方がないナ」
人間の男の頭上に位置する空間。そこが歪み始める。それはあるものを形作った。
「なるほど。本体がお前か」
形作られたのは、巨大な人型の上半身。甲冑に身を包んでいた。その姿は不安定に黄色く光り揺れている。
ギルはすぐに理解し、これまでの全てに合点がいった。こいつは、この浮遊物は、人間に憑りついていたのだと。
「理論が分かれば簡単だな。最初からお前を狙えばいい」
当初剣が浮いていたのも、浮遊させる能力といったポルターガイストではないわけだ。姿を不可視にしていたこいつが掴んでいただけに過ぎない。
「フンッ!」
と唸り、巨人は不釣り合いなほど膨らむ腕を振るう。憑りつかれた人間も同じ様に腕を動かしていた。カラクリを隠す気はないのか、鈍く光る姿を顕現したままだった。ギルは相手の勢いを利用する。床を削る以上、不確かに見えるが実体は確実にある。タイミングを見計らい、腕に乗る。ギルが乗ってもまだ質量も面積も余裕がある。それほど相手は巨驅だった。
「スピードはねぇみたいだな」
そのまま駆ける。が、横からの衝撃に打たれ、ギルは壁にめり込んだ。
「……っ!」
「甘く見ない方ガイイぞ。本気を出せバこの通りダ」
壁から抜け出してギルは降りる。つい咳き込んでいる様子から、一発の重さを物語る。
「確かに段違いだ。けどな。俺にもまだ上がある」
操る人間の横を最速で通り抜ける。人間の方は、とりあえず無視することにした。ギルのスピードは容易く捕えられるものではない。
滑り込むように体勢を下げてブレーキをかけた。足に力を込める。巨人の後ろへと飛び上がり、背後からの攻撃を加える。
「ヌゥ!」
正直、この不安定にも見える本体に物理攻撃が当たるか疑問だった。
「ハハハハハァ!」
貫くギルの腕は、全く効果がなかったらしい。確かに貫いたはずだが、通り抜けたといったほうが正しいだろう。体ごと通り抜けたギルは、ちょうど本体の目の前に現れることとなる。それも背を向けた格好でだ。巨驅の腕が当然の如く襲いかかる。
「……っ!」
違いすぎる質量。背後からの一撃。それらの要因がギルに防ぐ手立てを失わせた。ギルは再び吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。
「ちっ、随分曖昧な存在だな」
ゆっくりと立ち上がりギルは言う。頭から垂れる血を拭った。が、止まることはなくまたも流れる。
「そのトオリだ。カナリ難儀な体ではアル。ガ、それでドウスル? 処刑ニン?」
「そうだな。攻撃出来ないんじゃ、使うしかねぇか」