3:メリーの館Ⅵ
あまりに長い通路だった。分岐点はなく一本の道だ。私たちが落ちたところは、その道の途中にある。男の人が来た道を行く選択肢はないので、もう一方の道へと進んでいる。しかし薄暗くて先の方は見えない。行けども行けども出口があるのか怪しく思えてくる。
「あんた名前は?」
男の人が訊く。背後からの問掛けだが、私に対してだと思われた。
「神崎紗希って言います。あの娘はリリア・アークス」
「……外国人か?」
「はいまぁ……」
そういうことにしておいた。説明する時間もないし、説明して、リアちゃんがメリーたちと同じ世界の人だと分かれば、ややこしくなると思う。
「俺は志水五朗ってんだ。助けにきたってのは誰なんだ?」
「友達です」
「……すごいな」
思ってもみない返答があったのでつい振り向く。志水さんは繰り返し言った。
「友達のためにこんなとこまで来れるなんて普通出来ないだろ。あんた凄いよ」
凄い……ことだろうか。ただ疑問しか浮かばない。いや、だってそれはそうだろうと思った。優子が拐われたのは、そもそも誰のせいだった?
誰よりも自分だ。だからこれは、誇れることなんかじゃない。むしろ償いに近いんだと思う。
「全然……凄くないですよ」
「え?」
「しっ!」
私が違うと否定したことに、志水さんが疑問を持って問い直す。そのとき前方のリアちゃんが呼び掛ける。静かにと。何かがいるのか注意を向ける。
「何かいるの?」
静かにと言われたわけだが、数秒ほど経ったても何も変わりはない。たまらず私はリアちゃんに訊いてみた。
「何かはいると思う。けど、出てこない」
「気のせいだろ」
志水さんが言う。それをリアちゃんは強く否定した。
「それはない。色濃く気配を漂わせているから。おそらくわざと知らせてる」
出てこないのはいいことだが、そんな行動をわざわざとっているのは逆に何かあるのかと不安を覚える。リアちゃんも警戒していることが窺えた。
「お、おい……、どうしてそんなことが分かるんだ?」
「何でって……」
それはリアちゃんも魔界の住人だから。人間とは違って気配を探ることが可能だからである。でもそれを言っていいのか分からない。
「は、ははっ……何で気付かなかったんだろうな。こんなところにいるんだ。奴らの仲間の可能性もある。お前ら人間か?」
志水さんはジリッと後退する。私たちと距離を取り、何よりも私たちを警戒した。それは……と言い淀みかけた時、私よりも実に早く、冷静にリアちゃんが答えた。
「そんなわけはない。分かるのは、私が少し、学んだ経験があるから」
学んだというのは、格闘技かそういう類のことだろう。実際違うのだが、もし本当にやっていたら分かるのかなと少し考えてしまう。
「そ、そうか。それならいいんだ。すまん。どうも人を疑ってしまう性分で、特にこんな目に遭うとどうしても」
「仕方ないですよ。それより、何かいるって」
「得体が知れないから迂濶な行動は出来ない」
と言っても、やはり全く動かないわけにはいかない。私は怖いと思いながらも、打破したいと思った。
「前にいるの?」
「ううん、前か後ろかさえも正確には分からない」
前に潜んでいるかもしれないし、後ろからつけてきてるかもしれない。一本の通路だとやり過ごすことは出来ないだろう。
「なら、前に進むしかないだろう」
私も思ったことを志水さんが口にする。進んできた道をわざわざ戻るより何かしらの可能性はあるわけだ。その可能性が潜む者であるかもしれないわけだが。
「うん」
皆の意見が一致し、再び歩き始める。特に変わった風もなかった。ただ暗いだけの通路が、変貌を遂げ始める。
手触りで予測はついていたが、やはり石造りの壁に囲まれていたことが分かる。壁に備え付けられた松明が僅かに灯りを出す。進めば進むほど明かりは大きくなり、不安は少し薄らいでゆく。
「どうしたの?」
前を進むリアちゃんがまた立ち止まる。また気配を察したのかと思ったが、そうではなかった。すぐに私も理解できた。
前方から誰かが来たようだ。敵なのか身をこわばらせた。
「……アァ……ァアァ」
それは人間だった。短い黒髪を揺らし、赤いタンクトップに動きやすいズボンを穿いている。運動するための身なりだ。どうみても人間の姿である。が、ヨロヨロと前に進むだけで、私達を視認できるはずだが全く変わる様子はない。ただうめくような声を出すだけだ。
「な、何だ? お前も連れて来られたのか?」
私より後ろにいた志水さんが、前に出る。私より距離があったためか、現れた男の様子がおかしいことに気付いていないのか。
「待って!」
「え? どうしたんだ?」
「伏せて!」
リアちゃんに弾き飛ばされ私は体で地を滑る。突然の衝撃は受け身を取る間さえなかった。