3:メリーの館Ⅲ
「しまっ……」
反応したのは意識だけ。体まで動かす頃には、腕を掴まれた。首を掴まれかけたところを、何とか腕を差し出し防いだ結果だった。スピードに乗せた腕はリリアを地に叩き付ける。そしてその直後、グルッキオ本体が向かう。
「アァァアアァアア!?」
グルッキオの口から鋭い針が伸びる。紗希には見えてないだろうが、針からはポタポタと黒い液が染み出ていた。
「……くぅっ」
動きたいのだが、どうしたことか一本だけの腕に掴まれてるだけで動きが取れない。床と密着して硬直状態に遭う。腕だけという不確かな存在のくせにとても力強かった。
「死んじゃえよ! こいつで苦しみながらさぁー!」
毒か。リリアはすぐに察する。が、察したところでこのまま喰らっては意味がない。
「風爆」
リリアが力を解放する。リリアを中心として、台風のような風が周りへと発せられる。ただの風ではなく、触れたものを切り裂いた。掴んで離さない腕も、直接毒針を刺しに来るグルッキオも、まとめて裂いた。比べて距離があったこともあり、ギルは紗希を連れて難無く回避していた。
「危ねぇな。もっと考えて使え」
ギルが悪態をつく。皮肉以外の何物でもなかった。
「煩い。紗希は大丈夫?」
とっさのことだから、考える余裕があまりなかったリリアは、反論が苦くなる。紗希も危険に晒すことになってしまい、心配になった。
「うん大丈夫……けど」
と、紗希はギルを睨む。
「もう少しやりようがあるんじゃないの?」
助かったのはギルのおかげではあるが、素直に礼を言う気にはならなかった。それは、いい加減な扱いをされたからである。猫を拾うように、服の背中の部分を掴まれ引っ張られたのだ。已然掴まれたまま抗議する。
「助けてやったんだろうが」
「でも、もう少し方法ってもんがあるでしょ……」
ストンと足から下ろされる。
「とりあえず無事なら良かった。それよりまだ下がってて」
「……あ」
リリアの一言を聞いて、紗希もまだ終わりではないことを知る。見れば、さらに細かくバラけたグルッキオが浮かび上がっていた。頭部から首。肘からの右腕。肩からの左腕。胸。二つほどに分かれた腹部。腹部から右膝まで。右膝からさらにつま先まで。左足。八つほどのパーツへと変貌していた。
「ケ、ケケ、ケケケケケケ!?」
独特な笑いを上げて飛び回り始める。全てが最高速度を保った。リリアの周りをグルグルと旋回する。リリアは佇んだあと、静かに口を開いた。
「馬鹿みたい。こんなの、もう一回やれば……」
と、もう一度風爆を放とうとする。流石のリリアも八つ同時には見切れない。出来て半分くらいだろう。だが、リリアの周り一帯が攻撃の範囲内とするならば、どれだけ速く動こうが関係はない。ギルは避けることが出来るようだが、グルッキオが無理なのは既に分かっていた。しかし、グルッキオもそう易々とはいかない。
「……!?」
「馬鹿はお前だよ」
リリアが怯む。放出しようとした時、右斜め上方向からグルッキオの左足が迫った。危うく足だけの蹴りを喰らうところだった。代わりに風爆は不発に終わる。
そして次の瞬間には、背後からグルッキオの頭部が襲う。もちろん毒の染みた針を口から覗かせていた。
「隙を与えなければいいんだよ!」
背後からとはいえ、リリアはいち早く気配を察知する。刺さるかと思われる瞬間には高く飛び上がり、バック宙の要領で避けた。
「ギィ……」
グルッキオはとどめを刺せたと思ったのだろう。それが、実際はそうはならず、歯ぎしりに似たうめき声をあげる。恨めしく振り向く頃には、リリアは着地を終え後を追う。
「くそっ!」
高速で動いているとはいえ、リリアの動きもグルッキオのそれに匹敵する。さらに頭部だけで後ろを取られたとなると分は悪すぎた。グルッキオは感じ取る。対抗するために振り向こうとすれば、その間に差を詰められるだろうことに。だから、頭部以外のパーツを向かわせることにした。
「……!?」
「ケケケケ! ボクの包囲網を突破できる?」
頭部以外のパーツが飛び交う。リリアに目掛けて一斉に襲う。もちろん全てが違うパターンを取っていた。
「邪魔」
風掌壁と風の太刀を巧みに使い、多種多様の動きを見せる七つのパーツを粉砕した。それは予想を越える力だった。だが、スピードが上がったわけでも能力に研きがかかったわけでもない。相手の動きに慣れただけだった。
「隙を与えないんじゃなかったの?」
「ギギィ!」
七つのパーツは全て叩き落とされ、まともに浮遊するのは頭部のみ。リリアは皮肉めいた言葉をぶつけ、さらにグルッキオを追い詰める。