3:メリーの館Ⅱ
予想を越えるグルッキオのスピードは、リリアの動きを遅らせた。驚愕の瞳に迫るグルッキオの刃を避けるにはもう間に合わない。
「……ケケケ」
「……」
しかしグルッキオを越えるのが、風を操るリリアのスピードだ。右手を刃に合わせる。掴んで止める意思は存在せず、小さな手を大きく開く。グルッキオは構わず鋸を振るう。手ごと刻めばそれで済むからだ。
「…!?」
リリアの手に刃が迫る瞬間、グルッキオは異変に気付く。すんでのところで押しとどまる。これ以上振るうことができなくなった。
「風掌破)……」
リリアが呟くように唱えた。押し止めたグルッキオを、ついには問答無用で吹き飛ばす。
「グギ……!?」
壁に叩き付けられるまで飛ぶ。グルッキオは風が止むと地に落ちた。
「もう終わり?」
グルッキオがヨロヨロと立ち上がりリリアの問いに答える。
「……ケケ、ケケケケケケ! まさか……」
グルッキオが前のめりに構える。途端、空気が変わることにリリアは気付いた。もちろんギルもだ。
グルッキオは二人が異変を感じようが関係ない。リリアに突進する。リリアはさっきと同じように手をかざす。が、グルッキオは天井近くまで飛び上がっていた。風掌壁の範囲内から逃れる。そのまま、グルッキオが上から攻める。リリアもすぐ上に向きなおし風掌破を撃とうとする。
「……!?」
リリアの眼前に鋸が迫る。それは投躑によるものだった。故にリリアよりも速い。とてもじゃないが、技を繰り出す余裕が全くない。横にかわす。グルッキオがそれを追い、刃を向ける。体勢を立て直す時間はなく、リリアは止めざるを得なかった。腕に風の気を集中させた風の太刀である。刃物以上の硬度と切れ味を持つこの技は、そう簡単に破られはしない。
「ケケ……」
二つの刃は均衡する。すかさず、互いにもう一手を繰り出す。リリアは風掌壁。グルッキオは、リリアのその手を上に弾く。向きを変えたのだ。
「……!?」
そして次の瞬間、リリアの身は裂かれた。
「……っ」
何が起きたのか紗希には分からない。
「リアちゃん!?」
ただ最終的に、リリアが血に染まる結果を見ただけ。何が起こった為か。それはグルッキオの姿を再び凝らすことによって始めて分かる。グルッキオの腹部から刃が飛び出ていた。正確には鎌だった。
「ギル、助けてあげて」
「義理はないな。それに、まだ負けたわけじゃない」
ギルは腕を組んで冷静にただ事実を述べる。紗希には不安があるだろうが、リリアはもちろんまだ戦う気が十分にあった。
「ケケ、ケケケケケケ!?」
グルッキオが気味悪く笑いをあげながら、リリアに近寄る。対してリリアは冷静に殺気を放つ。
「そんなところから刃が。かっこ悪いけど」
「何とでも言えばいい。無惨に死ぬよりかっこ悪いことはないよ?」
グルッキオの体から幾つもの刃物が飛び出てくる。文字通り全身が凶器と化した。腕から生える鎌を振るい、同時に手に持つ鋸をふりかざす。リリアは後ろに跳んでかわす。が、追尾してグルッキオは蹴りを繰り出す。脛からもギロチンが現れ、打撃が斬撃へと姿を変える。
「……ギギッ?」
頭を下にした体勢で蹴飛ばすグルッキオは、気付いた頃には逆にうめく。殺ったとグルッキオが思う瞬間、リリアは姿を消し、逆に背後から蹴り飛ばす。それも似た体勢でだ。皮肉のつもりかもしれない。全身凶器のグルッキオだが、風を纏うリリアには防御の意を為さなかった。
堅固に思えた凶器が崩れる。破片が散らばり、グルッキオの体も砕けている。
「どう?まだやるの?」
半壊して節々があらぬ方向に曲がりくねるグルッキオに向かって、リリアが言う。
「ギギ……貴……様ーー!」
「え?」
グルッキオの怒りが頂点に達する。その豹変ぶりに紗希はたじろいだ。
「許さない……。ボクの体を……」
グルッキオは砕けた左腕を外し、床に叩き付ける。カンカンと腕が転がっていく。
「アアアァアァァア!?」
武装もなく、片腕も失い、フェイントをかけることもなくリリアに突き進む。
「やけになっても……」
リリアは単純な動きのグルッキオを悠然とかわす。本来危惧する必要はなく、事実容易であった。が、リリアの視界の外れに位置する、グルッキオの捨てられた腕の存在がなければの話だった。
「リアちゃん、後ろ!」
「……!?」
辛うじて紗希の声に反応する。背後に迫るのは、切り放されたグルッキオの右腕。それがグルッキオ本体のような俊敏さでリリアを襲う。グルッキオ自身をかわすため動いた先に腕が来たのだ。