2:異変
学校の教室に入る。今朝は珍しくことに、自分で起きることが出来た。
リアちゃんが私を起こそうと思ってくれたらしいのだが、そうしているうちに起こす前にちゃんと私が目を覚ましたようだ。ギルは来なかった為、比較的静かな朝だったように思う。
今日みたいに、普通に起きれる時だってある。有り得ないくらいに寝過ごすこともあるけど。それが気まぐれに起きるというだけだ。短期間でリアちゃんにも、そのことを見抜かれてしまっていることに、私は苦笑いするしかなかった。
学校に着いて靴を履き替えていると、知り合いに出くわした。
「っ……!」
私を見た途端失礼極まりない奇声をあげるのは、クラスの委員長である庵藤敏樹だった。
「……なに?」
どうも私とは相性が悪い。それは絶対に確かだ。そうでなければ、こんな反応はしないだろうと思う。出来るだけ気にしないように、私はさっさと上履を床に落とした。
「何、神崎が早く来てるもんだから、明日は傘がいるなと憂鬱になったとこだ」
しかも口を開けば皮肉ばっかりと来てる。それは今日も変わらず健在だったようだ。
「あのね! いい加減、ちゃんと来たのが珍しいみたいな言い方は……」
「違うのか?」
「違うから」
「今年で反省文何回書いた?」
「む……! えっと……回、くらい……」
最初の勢いは萎んで、声が小さくなってしまう。けど、庵藤はちゃんと聞き取れたようだ。
「そんだけ書いたらギネス記録ものだ。一年終わるまで、あと何回書くんだろうな」
「う、うるさいな」
駄目だ。やっぱり勝てない。敵の方が口撃力が高いし、こちらの急所を熟知している。好き勝手言われている間に教室に着いた私は、そのまま自分の席へと向かう。
「何だか元気ないな。そこまで意気消沈だとつまらん」
そんな勝手なことを言って、安藤も自分の席に向かったようだ。私は椅子にかけて机に寄りかかり腕を組む。頭を腕に預けて横を向くことにした。
「紗希。おはよう」
「あ、加奈おはよう」
これまた珍しく、今日は私より遅めの加奈と挨拶を交わす。
「紗希。首の絆創膏はどうしたの?」
「あ、うん。ちょっと切っちゃったみたい」
「何でそんなところ……ちゃんと気を付けなさいよ。……あと、ちょっといい?」
「いいよ」
と、加奈は何かを言いたげだ。もうすぐホームルームが始まるとはいえ、只ならぬ雰囲気だ。けど、それが何故かは、私も分かっている。
「うん……ありがと」
鞄を机に置いてから、加奈が先行する。私はそのあとに続いた。行き着いたのはトイレである。ホームルームのチャイムが鳴り、トイレにいた数人も教室に向かう。この場は私と加奈だけになった。それを待っていたのだろう。加奈はゆっくりと、しかしはっきりと、訊きたいことを口にした。
「優子から、何も連絡来てない?」
§
紗希が昨日、二人を巻き込まないように単身離れたあとのこと。優子と加奈は、あっという間に去っていく紗希を唖然と見つめるしかなかった。
「どうしたんだろ紗希」
「忘れ物? にしても凄い慌てっぷりだったけど」
考えても二人には分からない。まさか魔界から、人ではないものが来るなど、予想出来るはずがない。分からないことは本人に訊くのが最善であるが、その紗希はもう行方知らずだ。いくら、優子が陸上部で足が速いといっても、目標を失ってはどうしようもない。まだ少ししか暗くはないし、特に心配することもないだろう。と二人は再び帰路に戻る。
「あ、そういや明日って宿題あったっけ」
優子も今日一日遊んだあとは、明日に何かあった気になったようだ。
「あったわね。世界史だけど。まさか忘れてたとか言わないでよ」
「あは、忘れてた」
加奈の前押しも虚しく、即返答が為された。訊いてきてる時点で失念していた可能性は多分にあっただろう。
「写すのは駄目だからね。帰ってちゃんとやりなさい」
「え~、無理無理。絶対間に合わない。今回だけお願い」
優子は両手を合わせて熱心に願う。
「駄目よ。今回だけって何回言ったんだか覚えてる? ちなみに一生に一度っていうのも、何回も聞いたことあるから」
「うぐ……」
次は一生に一度と言おうとしたのに、先に釘を刺されてしまったらしい。
「加奈は厳しいねぇ。明日紗希に頼もうかな」
と、優子は次なる頼み口を連想する。紗希なら押せ押せでどうにかなってしまうことを理解していた。
「紗希も大変よね」
紗希に忍び寄る魔の手を、止めるつもりは加奈にはないらしい。止めても紗希に頼るだろうし、紗希に断る度量がないのが分かっていたからだ。
「大丈夫。紗希も困ってたら私が助けてあげるし。つまりおあいこ」
「まだ優子のほうが七割は頼ってるけどね」
「あぅ……それは言わないでください」
話しているうちに別れ道に差し掛かる。今日は楽しかった。また行こうという、交されるのは満足した挨拶だ。
メリーが紗希に挨拶したのと、同じ頃にそれは相当した。