1:つかの間の休息XⅡ
「紗希!」
と、私を呼ぶのは黒猫姿のリアちゃんだった。タッと軽やかに着地した。呼吸が激しく、多少怪我をしている。
「ど、どうしたのそれ」
「え、何でもないけど。紗希の方こそ無事?」
「大丈夫。この通り何ともないよ」
笑ってみせて、本当に何でもないと表現する。それで安心したのか、リアちゃんはフゥと息をつく。
「ごめん。結界とか、操られた人間とかに邪魔されて遅れた」
そして、今度は申し訳なさそうに謝罪した。
「うん。ありがと」
刻まれた傷が物語っている。必死になってくれたんだと分かる。しっかりとそれは伝わってきた。
すると、周りに倒れている人が次第に起き始める。ギルが倒した人たちだ。
「あ、れ……?」
皆呆けるだけだった。記憶が錯乱してるのか、どうしてこんなところで倒れているのか分からない様子だ。それでも意識を取り戻し、それ以外特に異常はなさそうで安心する。それに伴ったように、周りの異質な空気も正常に戻ったように感じた。
「薄まった結界も無くなったみたい」
「え、じゃあ全部元通りでいいのかな」
「今回は大丈夫だと思うけど」
リアちゃんも既に察していた。現れた魔界の住人は、逃げ仰せてしまったこと。そして、いずれまた来るだろうことも。
「あいつは来たの?」
「あいつ……って、ギル? 一応助けてくれて……でも怒って帰っちゃった」
苦笑いをしてみる。怒ったのは他ならぬ私のせいだからだ。けどリアちゃんには、そんなことはどうでもいいみたい。
「紗希が無事ならいい……ってそれどうしたの?」
「え!?」
猫姿のリアちゃんを抱いてみると、首の傷のことに気付いたようだ。メリーにナイフを突き付けられた時のものだ。
「あ、ちょっとね」
「痛い? ごめん。私が来てたら」
自分が来てたら怪我なんかさせなかったのに。という意味らしい。すぐに気付いたり、リアちゃんが本当に心配してくれていることが分かる。嬉しくもあり、少しだけ、何だか逆に申し訳なくも思ってしまう。
「ありがと。これくらい、全然大丈夫だから。そろそろ帰ろうか」
「うん」
そうしてようやく帰路を辿っていった。ギルも怪我しちゃったけど、減らず口を言ってたくらいだから多分大丈夫だと思う。操られてた人もたいした怪我はない。ギルに殴られた跡が残ってる人は不敏だけど。街も特に壊れることもなく、今回はうまく収拾がついたと思う。
そう思いたい。
そう思うことで、私は頭に残ったメリーの言葉を忘れようと努める。とても無視出来そうにない、意味深な言葉だ。
「紗希の方が会いたがるでしょうけど……」
そして、何故なのかと尋ねて返ってきた答えだ。
「そんなに気にしなくても、早いうちに分かるわ」
この上なく不吉なものだと、私の警鐘が告げる。これから良くないことが起きると。
「―き、紗希ってば!」
「あ、ごめん。何?」
気になって考え込んでいたせいか。リアちゃんの呼び掛けに気付いてなかったらしい。
「む……。さっきから呼んでるのに」
「あ、うん。何?」
「何か気にしてるみたいだったから、気にしてもしょうがないって言おうと思って。もしあいつに何か言われたのなら、余計気にする必要はないと思う」
「……うん。そうだね」
恐らくリアちゃんは、私がギルに何か言われたのだと思ったようだ。実際にはギルではなく、メリーに言われたことではあるが、今のままどれだけ考えても分からない。リアちゃんの言う通り、気にしても仕方がないのは一緒だ。あの夜から、起こる出来事は突然で、考える暇もない。
「さ、お互い手当てしないといけないし、早く帰ろっか」
「ん……」
そう短く答えて、リアちゃんは体を私の肩に預ける。
大丈夫。何もない。気にしても仕方がないと。私は自分に言い聞かせながら帰路に着いた。
でも、メリーの言葉の意味が分かるのは、思った以上にすぐのことになる。