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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
2章 闇からの招待状
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1:つかの間の休息Ⅹ

「運が良い、だと。分かってて来たんだろうが」

「心外だな。ここに来たのは本当に偶然ですよ。なんせ私共の存在を普通の人間が知っているとか……。興が生まれるのは当然でしょう」


 バマシャフはゆっくり歩いて地に降り立った。止まることなく、そのまま歩き続ける。向かう先は、何と紗希の元であった。


「……で? 貴方がその人間かな?」

「え……ぁ……」


 いきなり矛先が変わる。視線も、放つ言葉も、殺気までもが紗希へと向けられた。言葉が出ない。呼吸さえ止められるような威圧感だ。紗希でも分かる。メリーと名乗った人形とは、まるで比べものにならない。人間である紗希に、返す言葉があるはずもなかった。


「待てよ。俺を殺してからでも、そいつは遅くないだろ」


 ギルの言葉に反応し、バマシャフは顔を向けた。その折り、肩から下がるマントがなびく。


「邪魔なお嬢さんには早々に退場してもらおうと思ったのだが。貴方がやる気だというなら願ってもない。ぜひ、受けて立ちたいものですね」


 そう言ったバマシャフはハットを手にとる。そして、右手でハットの中を探った。


「ふむ、これはまだ早いか」


 一体何をしているのか。ただ、ハットに伸ばした右手は、肘近くまでぬめり込んでいた。


「さぁ、ショータイムですよ!」


 どういうカラクリなのか。バマシャフが軽く投げたハットからは、ポンッという効果音とともに、黒いものがいくつも出てきた。それはバサバサと羽ばたき、烏かと思われる。けれど直ぐに違うと理解する。烏にしては大きく、嘴からは牙が見え隠れし、三つ目だった。


「ギャア、ギャア……」


 外見だけじゃなく鳴き声も気味悪い。それが十何匹といるのだからたまったものではなかった。


「馬鹿にしてんのか、奇術師」


 一斉に襲い来る黒い鳥を、ギルは余裕を以て殺していく。紗希に迫る鳥もギルは瞬時に殺してみせた。



「ふ、まさか。これで息の根を止めようなど、これっぽっちも考えてはいませんよ」


 依然塊のように群がる黒い鳥の陰から、バマシャフが距離を詰める。その手には、刃の曲がったナイフが握られている。距離はない。しかいギルに避わすことは容易だった。最低限の動きで避わすと、ギルは腕を伸ばして隙を見せるバマシャフに接近した攻撃を仕掛ける。


「甘いですねぇ」


 ニヤリと目で笑う。不吉を匂わせた。バマシャフが口を開く。口内からは銃口が覗いた。


「ちっ……」


 狙われた頭を逸らしてなんとか避ける。ギルの、僅かになびいた短い黒髪をつき抜け、ギリギリの回避であった。


「遅いですよ。致命的に」


 さらなる追撃がギルを襲う。隙が生じたギルに、ナイフを突き刺す。ギルは何とかナイフを握ることで止めた。当然のように手から血が垂れる。しかしそれでは終わらない。半円を描くナイフは、ギルの体へと正確に伸びた。ナイフとしての形を失ったそれは、しかし凶器としての機能を発揮した。


「ぐ……ぁっ」


 完全な不意打ち。処刑人が有する驚異的な速度を確実に捉えた。反応して見せたギルも相当だが僅かに及ばない。肉を削ぎぐように貫く。

 怯んだであろうギルの隙を狙い、バマシャフは追い討ちを続行する。右上方の死角からの回し蹴りだ。それをギルは正確に、右腕で防いだ。


「焦ったな」


 顔面めがけて左手を最高速度で伸ばす。人間相手に殴るといったものではない。顔面をえぐる勢いだ。だが手応えは霞めた程度にすぎなかった。バマシャフは攻守の逆転にも冷静に対応した。避わした跡を、バマシャフの頬を流れる血が再現する。次なる攻撃の手をギルが繋げるが、バマシャフも伸縮自在のナイフを装備し、応戦した。


「ふふ……」

「……!?」


 メリーが、バマシャフと対峙するギルの背後から現れる。それと同時に、ギルを囲むのは数多のつるぎたちだ。


「に、二対一なんて」


 どうにかしないと。そう思った瞬間、紗希は考えるより先に駆け出した。何が出来るんだと言われても構わない。自ら危険に飛び込むような真似だけど。それでも助けなきゃと思った行動だった。


「ギル!?」

「ああぁ!?」


 ギルの吠える声に驚いて、紗希の足が止まってしまう。ギルはバマシャフを蹴り飛ばす。渾身の力を足に込めて。バマシャフもたまらず足が浮く。手にした異様なナイフは手放すこととなった。ギルは一斉に撃ち出される剣も避けることに専念した。しかし、何本かは間に合わず体に突き刺さってしまう。


「……!?」


 止まることを知らず、ギルはメリーに牙を向ける。ただ近くにいたためだ。それを察してか、メリーは遥かに彼方へと距離を取る。高さという距離だ。


「っ……」


 息遣いが荒くなる。メリーもヒヤリとしたのだろうが、ギルの方は出血が酷い。止めてしまった足を再び動かし、紗希はギルのもとへ駆け寄った。


「ギル」

「離れてろ。まだ、だ……」


 近くに来て紗希は気付いた。出血が酷いのは、何も新しい傷だけのせいじゃない。


「まさか、この前の……」

「何でも、ねぇよ」


 ギルを目の敵にする執行者、クランツとの激しい戦闘の傷が開いてしまっていた。紗希は完治してなかったんだと初めて思い知る。ここ数日大人しかった理由はこれだったのだ。ならもう、これ以上戦うなんて無理に決まっている。何とかして逃げる策を考えないと。でも、そんな希薄な希望を思索する時間もなかった。


「ふっ、どうやら既に瀕死の状態だとお見受けする」「そろそろ降参でもする?」


 優雅に、バマシャフは笑いを噛み締めて歩いてくる。カードの束をシャッフルしながら。メリーも一時追い詰められた緊迫は消え、ピンクの傘を片手にフワフワ浮いている。


「ちょっと転んだだけだ。来いよ、まだ終わってないだろ」


 自分の体に刺さった剣を抜いていく。ギルの言動に紗希は信じられないといった表情だった。


 何を言ってるのか。まだ真正面から立ち向かう気でいるのだろうか。これまでも浅いとは言えなかったけど、今度ばかりは無理だと私でも分かるのに。相手はまだまだ余裕があるのだから。


「ダ、ダメ。こんなの、殺される。逃げないと」

「いいから。離れてろ……」


 心配する紗希の肩を押して、ギルは尚も距離を置こうとする。


「死ぬ気なの! 今回ばっかりは……」


 急遽、紗希は声が出せなくなった。異質な空気がさらに悪質なものへと変貌する。嫌なことに慣れてしまったのかもしれない。今これ以上何かを言えば、殺される。そう紗希は確かに感じた。


「気に喰わないですねぇ。さっきから。黒は私と楽しもうと言うのに邪魔ばかりが入る。やはり、脇役を先に殺すとしましょうか」


 紗希に何かが飛来する。凄いスピードで。紗希自身、それがバマシャフがシャッフルしていたトランプのカードだと理解するのは大分と後になる。


「っ……!?」


 本来気付く頃には死んでいたかもしれない。そうならなかったのは、ギルが楯となったからだ。トランプは何十枚とギルの背中に突き刺さる。それだけではなく、発光したかと思うと、カードは爆発を起こした。

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