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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
2章 闇からの招待状
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プロローグ

 闇が続く。あたりは既に暗くなっていて、人っ子一人見当たらない。そのはずだった。


「くそっ! 何で俺が……」


 苦々しく文句を垂れている青年が一人いた。まだ若いはずだが、顎に生やした無精髭が、いささか老けているようにも見える。短く切り揃えた髪は、上に跳ねていた。黒いスーツを着込み、手提げ鞄を所持している姿は、おそらくはサラリーマンか何かの者だと思われる。


「今日も真っ暗じゃねぇか! くそ!」


 彼は夜遅くまでかかるような仕事を、上司に押し付けられた。彼の仕事ぶりを見てそうしたのだろうが、彼にはいい迷惑である。


「あぁ、早く帰って風呂に入りてぇ」


 風呂に入れば心が落ち着く。早く癒されたいと嘆いていた。その時だ。


「……私メリー。一緒に遊びましょうよ」


 いきなり聞こえた声に彼はぎょっとした。見回してみても、まわりには自分以外には誰もいない。気のせいかと思い直す。


「……私メリー。あなたのお名前は?」


 しかしまたも聞こえる。彼は声のする方を目で探った。


「これか……」


 その正体はすぐに分かった。暗くて見辛いが、彼はすぐそばに、金網とコンクリートの塀で囲まれた、小さなゴミの収集場を見つけた。そこにちょこんと、コンクリートを背に座っている小さな人形を目にする。


「私メリー。……あなたと遊びたいの」


 とても精巧に出来た人形だった。可愛らしい髪飾りから、ブロンドヘアーが垂れ下がっている。着込んだ紅い西洋風の服は、丁寧に再現されていた。表情は無表情だったが、人形とは思えない。まるで人のようだ。彼は素直にその精巧さに感嘆する。

 しかし、随分と薄汚れていた。音声が内蔵されていることにも驚いたが、どうやら壊れているらしい。何かの拍子で再生したのだと思うが、止みそうになかった。


「私メリー。あなたのお名前は……?」


 壊れて喋り続ける人形にいつまでも構ってなどいられない。彼は早く帰ろうとそのまま歩を進めた。


「私メリー。一人は寂しいの……」


 後方から聞こえる声を無視して進む。いくら精巧とはいえ、人形に興味はない。


「……!?」


 ふと気付く。不自然だった。いくら進んでも、声が聞こえる。声が小さくなり、聞こえにくくなることもない。


「私メリー。一緒に遊びましょう……」

「何だよ、これ……」


 彼は恐怖を覚えた。声は小さくなるどころか、さらに大きく、はっきり聞こえてくる。離れているはずなのに、むしろ近付いているようだった。


「私メリー。あなたは……どこへ行くの?」


 段々、質問がおかしいことに気付く。子供が遊ぶときの音声じゃない。今まさに、自分に問掛けているものだ。


「私メリー。逃げられると思ってるの……? 一緒に遊びましょう……」

「くそっ……」


 彼の中の警告がうるさく発令する。人形の声は、すぐそばにいるように声が近い。彼はもう、いてもたってもいられなくなり、走り出していた。


「私メリー。遊ぶのが嫌なの?」


 近い。囁くように聞こえた。耳元で話し掛けられているようだ。走っても走っても、振り抜くことができない。ヤバイと彼は確信していた。


「ハァ、ハァ……嫌に、決まっているだろ!」


 彼はついに叫んだ。恐怖のあまり、声も体も震え、汗だくだ。


「そう、残念ね。でも……




 モウニガサナイ!」



 フィルターがかかったように異質な声となる。それが合図かのように、彼は悲鳴をあげた。


「ぅあ、ああぁぁぁああ……!」


 彼は消えた。跡形もなく、遺したものはない。何かに吸い込まれたように。抵抗もなく、忽然と消えた。


「ふふ……」


 失笑が溢れた。彼が消え失せたはずの場所。何の変哲もない、住宅が並ぶ道路。そこに紅い西洋風の人形が浮いていた。

 いやそれは人形の大きさなだけ。生きているかのように、空中を自由に動き回る。


「大丈夫。メリーは意味もなく殺さない。素敵な世界に連れてってあげるわ」


 つややかな声を響かせ、妖しく微笑むその表情は、見たものを震え上がらせるだろう。彼女は生きている人形だった。


 今宵はいつもよりよく釣れる。素晴らしい夜だと、彼女は嬉しくなっていた。


「私メリー……、一緒に遊びましょう」


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