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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
1章 闇に蠢く住人たち
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5:罠Ⅳ

 感覚が鈍くなってきている。それをはっきりと自覚する頃には、ギルの動きはヒュドラを下回り始めていた。


「ふっ!」


 ヒュドラが変貌した太い腕を振り回す。腕の振りで鎌鼬に似た風圧が起こる。真っ直ぐ拳を突き出せば、拳圧が突き抜けた。

 ギルの知覚は蝕まれ、ヒュドラが繰り出す風圧をかわすことも難しくなってきていた。


 もちろんそれだけで終わらない。隙があれば、ヒュドラは容赦なく距離を詰める。


「処刑人なんていってもこんなもんか! あぁ!」

「……!?」


 上から振り下ろすように殴りかかる。ギルは後ろに飛び上がり避わした。


「遅ぇ!」

「……っ!?」


 しかし、瞬時に姿を消したヒュドラは、同様にギルの背後で並ぶように後退跳びをしていた。ヒュドラは大きく拳を振るう。ギルはまともに吹き飛ばされた。とっさに防御を取ったが、勢いまでは殺せていなかった。

 床を擦りながら、端から端へと滑っていく。腕の力を使い、跳ねて体勢を整えた。ヒュドラの姿を見据えた後、ギルは口の中に溜った血を吐き出す。



「そろそろきついだろ?」


 怒りを見せていたヒュドラが得意気に訊いた。自分の勝ちを確信したように、裂けた口をつり上げる。


「馬鹿言うな。まだまだいける」

「ちっ、そうかよ。やせ我慢は程々にしとけ」


 ヒュドラの眼が鋭くなった。能力は間違いなく効いている。それでも処刑人は大したことないと言う。それがヒュドラにとって気に食わない。再び眼光をギラつかせ、殺気を込めた。


 その瞬間、ギルがヒュドラの背後に回り込む。ヒュドラにもその動きは見えていた。当然動きにもついていける。


「そんな余裕はすぐに出せなくなるぜ」

「そりゃあ楽しみだ。……やってみな」


 ギルは心臓部を狙う。一撃で沈めればそれで終わり。全快のギルなら難しくなかったかもしれない。だが今のギルのコンディションでは最悪だ。あっけなく避わされ、反対にヒュドラの渾身の拳圧を喰らう。それもまともに受けてしまった。これまでにないほど吹っ飛び、元々配置されていただろうドラム缶の山に背を打ち付ける。


「馬鹿力が…」


 アッパーの要領で打ち込まれた腹部は、服が破れ、変色した肌を見せていた。


 さらに続けて、ドラム缶と同様に転がったままのギルを襲う。右拳を思い切り振りかぶった。


「終わりだ」


 力を抜くことなく打ち付ける。殴った地盤は凹み、ビキビキと割れていった。ギルは後転して手を付く。その際跳ね上がることによって、何とか避わしてしていた。その跳ねた勢いのまま、すぐ後ろにあった壁を蹴り上げる。


「……!?」


 壁を蹴った反動でヒュドラの元まで飛んだ。壁を蹴ったのは左足だ。フリーにさせていた右足で、いわゆる回し蹴りをヒュドラの顔面に向けて炸裂させた。


「ッ……!?」


 ギルのパワーも申し分なく、ヒュドラの体躯が吹き飛ぶ。積まれていた木箱へ衝突し、木箱の類は破裂した。同時に砂煙が起こった。ヒュドラの姿が一時見えなくなる程である。


 ヒュドラが姿を現してくる。のそりのそりと這い出るようにして歩いて出てきた。


「今のは効いた。だがもう、限界だろ?」

「お前の知ったこっちゃねぇよ……」


 なおも倒れない敵に、ギルは追撃を開始する。真正面から向かった。ヒュドラの手前でギルが突然停止する。


「これは、残像だな」


 すぐさま異様なギルの行動の意を汲み取り、ヒュドラはあっさりと看破した。そして、上方を見上げて叫んだ。


「そこかぁ!?」

「ちっ……」


 ギルは飛び上がっていた。ギルの今の攻撃力と、重力と、不意打ちを掛け合わせた攻の手が、意味を無くしてしまった。上方のギルを目掛けて、ヒュドラが拳を放つ。

 ヒュドラは確信した。当てた。ぶち抜いたと。ヒュドラの中では、次の瞬間、無様に吹き飛ぶギルのヴィジョンが浮かび上がっていた。


「……!?」


 だが実際に、それは起こらなかった。眼に飛び込んだヴィジョンは、貫いた瞬間に消えてゆくギルの姿だった。


「何だと……!」

「ようやく隙ができたな」

「……!?」


 声がしたのは下の方からだった。ギルは攻撃のスタンバイをしている。右手を構え、冷たい殺意の籠った視線を向けた。


 残像に気をそらせたのか。

 実際のところ、最初残像だと思わせた方が、本物だったというわけだ。超越したスピードとスキルを兼ね添えたギルだからこそ可能となる。


「今度こそ、この腕はもらうぞ」


 突き出した右腕の肘より上あたりを掴もうとした。力任せに引き千切るつもりだった。だがもっと早く、ギルは気付くべきだった。ギルの五感は、ギルが思っていたよりも進行が早かったということに。


「なん……だ……?」

「ははははっ! 運は俺に向いたようだ。ついには触覚も失ったようだなぁ!」


 体勢の立て直しを終えたヒュドラは、もう片方、つまり左でギルを打ち抜いた。


「が……っ……!?」


 渾身の力で振るった。拳圧を派生させるほどの威力を、ギルはゼロ距離で喰らったのである。


「……ハァ、ハァ……」


 一番ダメージが大きいような気がしていた。すぐに立ち上がろうとしたが、実際すぐには無理だった。おまけに血を吐く。内臓にまで損傷が及んだようだ。


 ギルもさすがに限界かと考える。死を予感したわけではない。禁忌を破る必要が出たと思ったのだ。


(さすがに、使うか…)


「おいお前……ヒュドラっつったか。今から一つ予告してやる」

「あぁ!? 何をだ?」

「加減は出来ねぇ。一瞬で殺してやるよ……」

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