1:処刑する者、される者
「……っ……ハァ、ハァ、ゆ、夢……?」
勢い良く起き上がり、私、神崎紗希がまだ生きていることを確認した。
……なんて、夢を見たんだろう。
自分が殺される夢。それもかなり非現実的な内容だ。気分が良いはずがない。身に着けているものは汗でびっしょりだ。気持ち悪いくらいだった。
呼吸を整えてようやく、とりあえず夢でよかったと安心出来た。けどすぐに、今日はロクでもない日の予感がする。朝の気分は最悪で、元気に学校へ行く意欲は正直喪失していた。
そうはいっても、学校にはちゃんと行かないといけないだろう。休めば授業には遅れるし、友達と話したい話題もまだあるし、昼食に利用する食堂は最高だ。
「……さてと」
ベッドから降りて時計を見る。時間はまだ七時前。学校には比較的近いので十分にゆっくり出来る。
下に降りてみると、ラップされた朝食がすでに置いてあった。母が作っていてくれたものだ。両親とも朝早くから仕事へ出かけ、夜遅くに帰ってくる。顔を会わせる機会は少なかった。別に仲が悪いわけじゃない。休日には仲良く過ごしていると思う。
とりあえず身支度だけは手早く済ませた。さすがに汗は気持ち悪かったので、軽くシャワー浴びたけど。
滅多にないが、時間が余ったときは、ゆっくりと朝食を食べながらテレビを見たりするのだ。
制服に身を包み、テーブルの席に着く。テレビのリモコンを手に取り、テレビの電源をオンにする。
「……え!?」
いきなり不吉なものを見た。ニュースキャスターが何か話しているところだが、それは関係ない。端に表示される時刻の数字がこの上なく不吉だった。
ゆっくりとリモコンを置いて、両手でゴシゴシと目を擦ってみる。
「あれれ?」
八時二十七分の文字。後から見てもその数字は変わらない。口に出してももちろん変わらない。私はテレビの時刻が間違えているんじゃないかと疑う。一応携帯を見た。
「や、やばい。遅刻だ!」
どうやら目覚まし時計がおかしかったのだ。寝惚けてたのか、止まっていることには気付かなかった。
念のためにと確認したのだが、七時前で停止していた。いや、正確には十九時だったわけだけど……。
泣きそうになりながら一目散に飛び出す。
近いといっても、この時刻では、私が着く頃には間に合うかどうかの瀬戸際だった。しかも、通っている高校は遅刻に対して厳しく取り締まっている。
もともと中学時代から朝には弱かった。故に、家から近い。それだけで高校を選んだようなものなのに。これでは全く意味がない。
今日はロクでもないという予感は的中しそうだった。
私の学校は小高い丘の上に建っている。黒木市立棲翔高校。長い坂が通学路となる、伝統ある高校のようだ。坂にめげずに急いだだけあって、早くに校舎が見えてきた。チャイムが鳴るまでに校門に入りさえすれば、遅刻ではなくなる。このまま走っていればなんとか間に合いそうだった。
周りには私と同じく、遅刻しそうで急いでいる生徒がちらほらいた。厳しいといっても、皆も朝に弱いのは変わらない。
ふと、後ろからポムッと肩を叩かれた。
「おはよう。紗希。相変わらずだね」
「あ、おはよう。優子。それはお互い様だと思うけど」
後ろから走ってきたのは、友人の猪上優子である。
茶色い内巻き寄りのショートヘアが似合う、勉強より運動が得意な娘だ。私より少しだけ背が低いけど、いつも元気いっぱいの彼女は大きく見える。今年も同じクラスになれたのは運が良い。
「え~? 紗希に比べたら私なんて可愛いもんだよ。いつもなら余裕をもって来てるからね」
「何言ってんの。この前なんか昼に来て、ついさっきまで寝てたって言ってたじゃない」
「あ、あれ? そうだったっけ? でもまぁ今日は多分遅刻にならないよ」
校門をくぐったのは予鈴が響くとほぼ同時だった。間一髪セーフで良かった。
「ほら大丈夫」
「でも危なかったよ」
その時、声をかけてきたのはその生徒会の一人、庵藤俊樹だ。
「今日も遅かったな」
遅刻者のチェックは教師ではなく、生徒会がやることになっている。一応、クラスメートの一人でもあったりする。きりっとした細い目は相変わらずだ。短く切りそろえた黒髪が風でふわりと揺れる。手に持ったリストに、何か書き込んでいた。
「神崎、猪上、もう少し早くに来れないのか?」
呆れ返ったように言い放たれた。むぅ。相変わらず痛いところをついてくる。
「遅刻じゃないんだから、別にいいじゃない」
自分に非があるということは一応分かっていた。だから、抑え気味に反論してみる。
「いいや、遅刻だな」
「……なっ!?」
この言葉には、さすがに看過することは出来なかった。
「何でよ。ちゃんと校内に入ったじゃない」
「残念だったな。鳴った瞬間、井上はなんとか中に入ったが、神崎は惜しくもまだ外だったんだよ。鳴った瞬間な」
「あ、じゃあ私はいいんだ」
優子は安堵に満ちた表情をしていた。
「あぁ、そうだな」
むむむ、なんて細かくて嫌な奴だろうか。
周りには、私の他にも遅刻扱いされて、他の生徒会の人に反論している生徒が多々いた。
「じゃあ放課後残って反省文八百字、頑張って書けよ」
そう言いのけると、反論する生徒らを黙らせるため、庵藤はそそくさと去っていった。
「あ~、まぁ、残念だったね。紗希」
「はぁ……」
何てことだ。ロクな日じゃないという予感がさっそく的中してしまった。朝から気分はさらに最悪だ。