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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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6:真なる敵Ⅶ

 赤い線が暗闇に走る。赤蜘蛛の指先から伸びる糸が、レーザーポイントのように、縦横無尽に張り巡らせる。リリアの風も決して負けておらず、所詮は糸ばかりにその全てを叩き落していた。


 いや、正確には切り裂いているといったほうが正しい。カマイタチを撃つことで、赤蜘蛛の糸はその性質上あっけなく舞い落ちる。リリアのスピードがあれば、一気に距離を詰めることもできるはずだ。

 しかし、実際の戦いぶりとしては、赤蜘蛛と距離を保ち、糸を相手に小競り合いをしながら、ショッピングモールの空洞部分を駆け巡るばかりである。


 リリアは風で舞い、赤蜘蛛は自身の見えにくい糸で跳躍していた。スピードでは間違いなくリリアに分がある。それでもリリアが攻めあぐねているのは、赤蜘蛛が操る、先ほどの爆発する蜘蛛たちの存在であった。


 一見普通の蜘蛛。よりはかなり大きいが、それでも特徴は蜘蛛に他ならない。赤蜘蛛の能力と言ったほうがいいだろう。

 爆発する蜘蛛。見た目以上に威力を有する攻撃は、警戒をせざるを得ない。


「ち……」


 舌を打つ赤蜘蛛。黒髪を揺らしながら、前髪から覗く片目が標的を追う。大人しく的にならないリリアの動きに、攻めきれていないのは赤蜘蛛も同じことであった。

 リリアが駆け巡る度に、張り巡る糸が切られていく。そうなると、移動手段としての機能を失う。たちまち機動力で負けてしまうため、どちらが優位な環境を整えるかが勝負の分かれ目となる。


「ちょこまかとうっとうしい」


 冷静さではリリアに分がある。だが、このまま膠着状態が続けばリリアの敗色が濃厚であった。どういう原理で蜘蛛が爆発を起こすのかは定かではない。

 蜘蛛が自律的に爆発するのか。赤蜘蛛が何かしらの合図を送っているのか。それが分からぬうちは、リリアは最大の警戒を以て、蜘蛛のとの距離を取り続けるしかない。


「邪魔」


 時には蜘蛛の風で迎撃する。だが、そのたびに爆発を起こす厄介な代物だ。爆発に紛れて、一気に攻め込まれるかもしれない。その想定があるからには、無暗に蜘蛛を討つことを行わず、距離を取りつつ迎撃する。その傍らで、赤蜘蛛の動きに注意を払わねばならない。

 そして何より、リリアの頭には、紗希の身の安全が確保することを念頭に置いていた。


 ショッピングモールの空洞。一階から三階までの吹き抜けを駆けながら、階下で戦いの行く末を見守る紗希を見下ろす。暗闇とはいえ、リリアの眼には、紗希の不安そうな表情がしっかりと映る。


「大丈夫、私が勝つから」

「上等だよ。猫如きが」


 聞こえるはずもないだろうリリアの呟き。それをしっかりと聞き取ったのは、普通の人間には持ちえない聴力を持つ赤蜘蛛であった。


「戦いのなかでよそ見するなんて、あまり舐めないことね」


 リリアの視線の動きも把握しているあたり、赤蜘蛛の知覚能力も相当なモノだ。だが、リリアの俊敏さはその上を行く。


 増え続ける蜘蛛、そして赤蜘蛛の指先から放たれる赤い糸。それらを掻い潜るリリア。



 赤い糸で飛び回る蜘蛛。同時に巨体な三匹がリリアを囲む。蜘蛛たちもリリアの回避ルートを潰しにかかる。リリアも糸の反動を使って態勢を変える。それらを予見して蜘蛛が襲う。最初から、赤い糸は獲物を捕らえる蜘蛛の巣のように、絡めとる役割だったのだ。


 風で弾く前に蜘蛛が爆発する。一瞬視界を奪うその刹那に、二匹目、三匹目が襲う。宙にかかわらず、距離を詰めてすぐに爆発した。視界が晴れることはない。

 下には糸に捉まる蜘蛛どもが待ち受ける。上を見上げる頃には、次の蜘蛛がさらに二匹現れる。カマイタチで迎撃できたころには、さらに次の蜘蛛が真横から糸を辿って襲い掛かる。


「これで終いだ」

「いや、ようやく、見つけた」


 リリアの身体では、もはや回避ルートは存在しない。そのはずだが、風に舞い、一瞬で猫の姿になると、僅かな隙間を掻い潜って蜘蛛の包囲網を脱出する。皮肉なことに、蜘蛛どもの爆発がリリアの背中を押す形となり、赤蜘蛛の元へと駆け抜けた。


「っ……」

「これで……」

「なんてね……」


 赤蜘蛛の驚愕した表情が、悪意に満ちた歓喜のソレに歪んでみせた。

 赤蜘蛛の和服のような服。胸元から飛び出したのは、紛れもない赤い蜘蛛。糸と蜘蛛で決定打を与えられないリリアが、再び距離を詰めることは見抜いていた。


 自律的に跳び出す蜘蛛。八本の脚を持つ、その醜悪な体が光り出したときには、リリアは態勢を変える。空中でも軌道を変えられるのは、風の能力を有している魔界の住人ならではである。


 瞬間的に爆発した蜘蛛。だが、リリアが思っていたよりも規模は随分と小さい。予想はしていたはずだ。これだけの蜘蛛を従えるのであれば、目隠しに使ってくることくらい。


「しまっ……」

「ハイ、終了っ!」


 リリアの身体を、五本の赤い糸が貫く。肉を軽々と貫通して穿つ。伸ばした糸はそのままホールの手すりに巻き付かせた。ホールの吹き抜け。しかも空中で、リリアは鋭い赤き糸で串刺しとなってしまう。


「か……は、っ……」

「これが本来の蜘蛛の巣なんだよ。子猫ちゃん」


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