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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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6:真なる敵Ⅵ

 床に倒れ込む敵、「赤蜘蛛」の周りを、正真正銘の赤い八本足の蜘蛛たちがざわざわと集っていく。まだこんなにいたのかと紗希は身がよだつ光景に身震いさせた。


「く、くふ……くふふ……、名が知れ渡っているというのもやりにくいわね」


 ダメージは間違いなくある。だが、これで終わるわけがない。

 赤蜘蛛は、蜘蛛の群れから立ち上がる。暗闇の中。ザワザワとした八本足の蜘蛛の群れ。リリアと同じ、人間と同じ風貌とはいえ、その様子は奇怪であり、醜悪にすら映る。蠢く蜘蛛はただ集まったわけではない。赤蜘蛛の身を案じて、シュルシュルとそれぞれ糸を排出する。包帯の如く、赤蜘蛛の傷を覆う蜘蛛。

 その間、さらなる追撃を浴びないように敵意を剥き出しにする蜘蛛と、それぞれの役割を忠実にこなしていた。本来群れで行動などするはずもない蜘蛛たちが、まるで兵隊蟻のように主人の盾となる。


「悠長だな。余裕か? それとも馬鹿なのか?」


 追撃する素振りも見せないリリアに対して、赤蜘蛛は皮肉を口にする。


「安易に踏み込むべきじゃないと思ってる」


だがリリアもそれなりに戦闘経験はある。挑発に乗るようなことはない。むしろ、蜘蛛がどれだけ用意出来ているかも分からない状態だ。自分一人なら突っ込んでも良かっただろうが、今は紗希がいる。

 自分がやられれば、紗希にも危険が及ぶこの状況。勝つのではなく、生き残ることを優先的に考え、慎重に立ち回るつもりだった。


「……そうか。けど気をつけたほうがいい。時には臆病な判断だったと後悔することもあるぞ」

「……っ」

「まさに今がそうだがな」


 闇に紛れていた敵の殺気に気付くのが一瞬遅れる。リリアの頭上に、何処からか飛び降りてきたのは一際大きい蜘蛛だ。風を巡らせ、周囲への注意を怠ったつもりはないが、それでも気配を殺して、攻撃を仕掛けられる。

 だが幸いだったのは、所詮蜘蛛であったこと。風の能力を有し、スピードだけなら処刑人とも遜色ない動きを持ち得るリリアには、反撃する余裕がまだまだあった。


「これなら……」


 敵の動きを把握し、迎撃するための最善を選ぶ。リリアの腕に纏った刃のような風が、蜘蛛の頭を狙う。その瞬間、リリアの視界が、カッと大きな光に包れる。そして……リリアの身体が爆炎に巻き込まれた。


「リアちゃんっ!!」


 爆発。そこまで大きいものではないが、密着状態に近かったリリアは間違いなく致命的なダメージを負ってしまう。もしかすると、今ので命を絶たれてもおかしくないと言えた。


「……あっけない。風を操る能力はなかなかだったが、私が八つ目一族と知った時点で、早々にに退けばよかったのにな。さて、私が用があるのはお前だ。人間」

「……私……?」


 赤蜘蛛が名指すのは人間だという。この場にいるのは神崎紗希のみである。紗希は、リリアの安否、自身の危機により弱弱しい反応を示す。


「そうだ。お前に聞きたいことがある」


 真紅の眼が一際輝く。赤蜘蛛の鋭い瞳が、たかが人間一人に集中した。

 魔界の住人に狙われるのはもう慣れたものだ。紗希自身、慣れたいわけでないだろうが、何とか向けられる殺意に耐えながら、相手の言葉を待つ事は出来たのである。


「……処刑人はどこにいる?」

「……処刑人」


 相手の言葉をただ反復する紗希。思い浮かぶのは当然、黒と称されるギルに他ならない。今までの魔界の住人と違い、この赤蜘蛛の狙いはどうやら紗希ではないようである。


「それって、ギルのこと……?」


 ようやく口を開いて紗希が反応できたのはそれだけだった。それでも、今の赤蜘蛛にとっては十分だったらしい。処刑人に心当たりのある人間。処刑人と行動を共にする人間の存在をこの目で確認できたというわけだ。


「名前までは知らん。が、この辺で心当たりのある時点でほぼ決まりだ。……あとは黒き処刑人であるかどうかだ」

「……」


 紗希の顔が強張る。暗闇のなか、また多少の変化程度であるが赤蜘蛛は見逃さない。


「どうやら確定だな。どこにいる?」

「……なぜ処刑人を探しているの?」

「人間のお前に問う権利があると思うか?」


 肌に突き刺すような殺意がさらに強まる。戦闘手段を持たない紗希にとって、何か言い間違えるば殺されてしまう状況。唇を振るわせて懸命に考える。長い沈黙は許されない。思考をフル回転させて、取り繕うには次に発するべき言葉を手繰り寄せた。


「もちろん……あるとは思わない。でも、これでも今まで魔界の住人と呼ばれる人たちに逢ってきた。狙われている私じゃなく、処刑人だけに用があるのは珍しいと思って、ついきいてしまっただけ。処刑人の役割を考えれば、普通避けようとするはずなのに、なんで処刑人に用があるんだろうってついきいたしまったの」


 平静を装うように心掛けるが、震える声と、必要以上に冗長になってしまった長い言葉が、はっきりと紗希の恐怖心を表していた。


「……復讐だ」

「え……」


 碌に抵抗できない人間だったからだろうか。赤蜘蛛は短く答える。きちんと答えてくれたことは紗希にとって意外だったが、それ以上にいったいどういうことか計り知れないゆえの聞き返しであった。


「お前たちのような人間に、それ以上話すつもりはない」


 たち……?


 この場には紗希一人しか人間はいない。ますます、どういうことなのか困惑する紗希。その時、力強い風があたりを包んだ。


「……まだ生きていたか」

「当然」


 服はボロボロで痛々しい傷を負っている。頭や腕からも血を流しているものの、リリアはまだ戦えるとばかりに立ち上がる姿を見せた。


「仕方ない。処刑人の前に猫を今度こそ狩るとしよう。次は跡形も残らないようにな」

 


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