6:真なる敵Ⅳ
さっきまで感じていた、気味の悪い蜘蛛の気配を感じない。ただでさえ電気のついていないショッピングモールは、非現実的であまり気分の良い空間ではないけど、いつ大きい蜘蛛がに出くわすかと考えると気が休まらなかった。
「あまり音を立てないで」
そう言われて、私は細心の注意を払う。今はカサカサといった、蜘蛛の気配を感じない。というか遭遇しないことを本当に祈るばかりである。
暗くて足元がおぼつかない状況ではある。慣れた場所ならまだしも、このモールは来たことがないため、どういう構造になっているのかもよく分かっていない。それでも進めるのは、リアちゃんが夜目で先行してくれているからだ。
「ね、ねえ……待って……」
ズンズンと進んでしまうリアちゃん。時間が経って暗闇には少し目も慣れたけど、それでもリアちゃんみたにはいかない。苦手な蜘蛛も彷徨っていることも相まって、ついリアちゃんの手を握ってしまう。
「っ……」
びくっとしたのが分かった。置いて行かれるような気がして、何も言わずについ手を掴んでしまったのがよくなかったのかもしれない。
「な、なに……」
「ご、ごめん……ちょっと、怖くて……あの、握っててもいい?」
振り向いたリアちゃんは、何も言わずに再び前を向いてしまったようだ。怒ったのかな……。そんなことを思った少しあと、リアちゃんは背を向けながら言った。
「大丈夫……」
「……うん」
二階から三階に向かう。これだけ大きいショッピングモールだ。エレベータもあるけど、今は稼働しているのか分からない。ただそれ以上に、蜘蛛に見つかりやすくなり、また上にあがるときに見つかれば、逃げ場がなくなってしまう。
そのため階段を探して二階をうろついた。
リアちゃんの夜目に頼って歩んでいくが、今蠢いている蜘蛛は僅かに赤く光を帯びていた。
今のところ、私の目にも付近にはいないように思える。
「紗希……ちょっと待って」
「何……?」
急に足を止めたリアちゃんに従い、私も動きを止める。慎重に辺りの気配を探るが、私には何も分からなかった。
「あったよ階段」
「本当に?」
一旦ではあるが、目的のものを見つけたのに、どうも様子がおかしい。状況が読めない私に、リアちゃんが掻い摘んで説明してくれた。
「階段の前に……二、いや三匹いる」
息を呑む。鈍く光ってたはずが、今は闇しか見えない。言われてから目を凝らしてみれば、確かに動き回る気配を私も感じた。
「全然感じなかったのに」
蜘蛛に対する嫌悪感を一気に感じてしまう。通常の蜘蛛とは比べるまでもない大きな個体なのに気付けなかったことに恐怖を感じた。
「この暗闇に乗じているだけだから、紗希が気付けないのは無理ないよ」
リアちゃんがフォローにも似た分析を冷静に口にする。今更驚くことでもないけど、自分がいかに危険な状況にいるのかが確認できた。
「あの蜘蛛の厄介なところは、攻撃できないところだね」
「何で?」
静かに、気取られぬようにして尋ねる。こもった声になってしまったが、耳も良いリアちゃんにはちゃんと届いていた。
「さっきの爆発を覚えてる?」
「うん」
このショッピングモールに駆け込む前、何か爆発する攻撃に逢ったばかりだ。当然分かる。そして合点がいく。私の頭にも、真っ暗闇の中で、点と点が繋がった光明が射したようだった。
「まさかあの蜘蛛がが爆発したって言うの?」
「そうだよ」
間もないほどの即答だった。つまり、安易に攻撃してしまえば爆発をしてしまう。そうなれば当然、他の蜘蛛にも敵にも感付かれてしまう。とはいえ、三匹が隙もないように這いまわっており、とても擦り抜けることなどできそうになかった。
「蜘蛛の気をそらすしかない」
「どうやって?」
「音かな」
蜘蛛は目が良いらしい。姿を見せるのは愚の骨頂だし、惑わされることはないかもしれない。耳や鼓膜を持たないが、非常に敏感な体毛で音を識別するとのこと。また音に敏感な分、風で何とかなるだろうとのことだ。
リアちゃんは一階にあるテナントの店に向かって風の刃を飛ばす。破壊とまではいかない弱めた風の衝撃波だ。商品棚が倒れていく音がダダダッと聞こえた。思ったより大きく音を発生させることができた。
階段付近を探っていた蜘蛛たちは一斉に音のほうへと向かう。律儀に階段を使うことなんてしない。モールの建物の構造上、大きな空洞がある。蜘蛛はその強靭な八つ脚で跳ねるようにして、一気に飛び降りる。その迫力は、まさにモンスターだ。
「たぶんすぐ戻ってくる。行くよ」
「うん」
リアちゃんの合図で一気に駆け抜ける。三匹とも跳ねて場を離れてくれたおかげで、階段はがら空きだ。戻ってこないうちに階段を登り詰める。
三階にあがったところで蜘蛛がいないかリアちゃんが先導する。暗闇は変わらずだが、大きな蜘蛛の気配がないことは分かった。リアちゃんに続いて三階にあがると一旦身を隠すべく、足を動かしながら周りを見渡す。
目星をつけたころ、目の前で花火のように何かが弾ける。
「きゃっ」
「くっ」
爆発が起きた。敵の攻撃手段が分かっているのだ。間違いなく見つかってしまったということだろう。
どこからか声が響く。
「こそこそと猫というよりまるで鼠だ。私の蜘蛛は鼠もむしゃむしゃ食べるから注意しな」
声に呼応するように、どこに潜んでいたのか蜘蛛がわらわらと現れる。三階の店の影に潜んでいたとしか思えないけど、なんて数だろう。
「鼠じゃなくて私は猫だから。逆に全部叩き潰す」