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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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6:真なる敵

「ハァ……ハァ…」


 呼吸が激しく繰り返される。途中から参戦したクランツはいざ知らず、炎が使えず動き回るギルは見るからに疲弊していた。傷が浅い分、氷魔の女よりも困憊していた。


「邪魔だ。退いてろ」

「てめぇのほうが邪魔だ」


 ギルとクランツの殺気が交錯する。隙を見せた瞬間、互いに標的を変えて殺し合いを始めそうな錯覚を女は覚えていた。


「なんなんやこいつら」


 一見隙だらけ。だが、二人の男はしっかりと女の動きに着目していた。どこまで本気なのか見えにくい。その戸惑いから女はなかなか攻めきれずにいた。

 だが、慣れてしまえば大したことはない。何も力を合わせる必要はなく、あくでの和装の女の目的は処刑人のみ。黒と称される処刑人を優先的に殺しにかかり始める。


「これでも喰らいや」

「さっきから一芸だけだな」


 地面から突き刺す氷柱。腹部を狙う氷の槍を、ギルは見飽きたと言わんばかりに距離を詰めて躱し切る。氷の出現よりも速いスピードで、巨大な氷柱を置いてけぼりにしていた。


(……さっきより早いな)

「なら、これでどうや」


 女はすぐに手段を変える。一芸ではないと言わんばかりに、女の足元から氷が一気に創製される。その勢いにより、女が移動を図る。


氷結界ひょうけっかい……霙舞みぞれまい

「またそれか」


 女が再度同じ言葉を繰り返す。


「おい、何が起こる?」


 初めて目にするクランツが短く問う。


「見てればわかる」


 ギルも長々と答える余裕はない。女が駆けるよりも速くに迫る。そして、女の姿は揺らめいて複数に分かれる。


「分身の類か」

「それだけちゃうで」


 女の氷が一気に弾ける。数体の女に増えた分、出現する氷が数倍に膨れ上がる。だが、本物の氷は一体分だけだ。視覚を惑わす一手だろう。

 クランツが銃弾を放つも、本物を見切ることができずにすかされてしまう。


「アホか。当たらんわそんなもん」

「それはどうかな」


 迫る氷を目の前にしてもクランツは微動だにしない。その顔に恐れもない。ただ刹那のうちに、全ての幻影に銃弾を撃ち放つ。


「くっ……」


 所詮は数体の幻影。脅威的な早撃ちで無理やり突破する強引な手段である。だが女には有効だった。顔をゆがめて退避に努める。瞬時にクランツの銃弾をかわすために氷から飛び退いて回避する。同時に霙舞みぞれまいにより生じた幻は消え失せる。そこに、読んでいたかの如くギルが突っ込む。


雹楼陣ひょうろうじん

「おせぇよ」


 冷気が立ち込める。白い霧にあたりが飲まれる。さらに深く女の姿を覆い隠そうと立ち込めた。それより速いギルの手腕。対抗するには素手ではなく氷を纏うしかない。いや、それでもギルには届かなかった。


「なっ……」


 構成したのは氷の刃。腕から伸びる鋭利な氷である。躊躇なくあっさりと叩き折るギルに、女は初めて恐怖を覚えた。刃なんかよりも、極限にまで洗練された処刑人の殺気。死を覚悟しつつも、女は殺されまいとあがく。冷気を生み出す白い腕で護りを固めて、蹴りを繰り出す。

 ギルが向けた攻撃は、女の腕を吹き飛ばすほどのものだが、女の護りに邪魔され致命傷には届かない。肩を食い破り、女は赤く血にまみれる。対してギルはカウンターとして、女の鞭の様な蹴りを腹に受けてしまう。


「っ……」


 互いに距離をとって様子を見る。ダメージには大きな差があるが、もともと傷を負っているギルでなければ今ので女は沈んでいたことだろう。決め切れなかったことにギルは舌打ちとともに歯噛みした。


「今ので決めておけ。腕は落ちたか?」

「うるせぇよ。てめぇから殺してもいいんだぞ」


 予想できたクランツの皮肉にギルはさらに苛立ちを覚えていた。だが、それ以上に苦悶に満ちているのは氷魔の女のほうだ。


「はぁ、はぁ……くっ……」


 たった一撃。なのに、殺されることを覚悟してしまった。一瞬でも隙を見せれば命はない。それを思い知らされた。


「私まで殺されるわけにはいかんのや。あいつは、黒の処刑人は、私が殺すんや」


 まるで呪詛の言葉のように呟く女は、氷魔と称される住人とは打って変わる。冷血さも冷徹さもない。あるのはただ熱く燃えるような怒りと溢れ出す殺気だけだ。


「凍てもうたる」


 そのとき、無機質な電子音が鳴った。ギルにも女にも聞き覚えはなかったが、クランツの携帯である。


「おい、何だそれは」

「貴様には説明してもわからん」

「何だコラ」


 ギルを馬鹿にする気持ちもあっただろうが、何かざわつくものがあったのか。すぐ携帯を取り出す。ディスプレイを見た瞬間、瞳孔を開いてすぐに応じた。ディスプレイに表示されたのは「神埼紗希」という名前だった。


「何だ? どうした」


 もともと何かあったときのために交換した連絡だ。神埼紗希がこんな時間に大した用もなく、悪戯に電話をかけるとは考えにくい。クランツは相手が分かっている分、先にに用件を問うた。


「い、今……魔界の住人に現れて……助けて……! リアちゃんが……」


 それだけ聞こえると、電話が途切れる。

 まさか、なぜ魔界の住人が……。


 今この町に潜伏している氷魔は、確かに今ここにいるはずだ。


「おい、何だ今のは……?」


 ギルに状況は伝わっていない。電話口から何か声が聞こえたことと、クランツの表情が絶望を孕んだものだったゆえに、ただ事でことが起こっていたのだけしか分かっていない。


「おい女、貴様……仲間がいたのか」

「何を言うてんねん。おらんわそんなもん」


 敵の言うことを信じるのも馬鹿らしいが、これ以上の最悪な事態があるだろうか。


「……この町の人間に助けられたことは……?」

「はぁ……? ないわそんなもん。人間に知られたら即殺す。常識やろ」

「……!?」


 クランツの中で点と点がつながる。街に季節はずれの雪を降らしたのは、目の前のこいつで間違いないだろう。なら、神埼紗希の知り合いが助けた女は……一体誰だ? 


「おい、何かあったのかってきいてんだよ!」


 しびれを切らして叫ぶギル。そしてようやく、クランツが告げた。


「この街にきた魔界の住人は氷魔だけじゃない。もう一人いたんだ。今そいつが神埼紗希を狙っている」

「っ……」



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