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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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5.復讐を誓う女Ⅸ

 女の動きに洗練さが増す。冷気による動きの制限は割り切れば問題ない。だが、女は自らの能力の本性を曝け出す。当然に冷気だけに留まらない。


「貫け」


 女は空気中の水分を媒介に氷を作り上げる。氷の礫と同様に、大きな氷柱を作ることも容易い。氷を生み出すには制限がないようで、ギルの周りには氷柱の大群が、鋭利な切っ先を向けて浮かんでいた。

 四方八方から襲う氷柱に苦戦するギル。最初は一撃のもとに沈める算段か、強大な氷柱のみだったが、じきに人海戦術のように大小問わず、氷柱が作れればすぐに射出すると言った形でギルを休める気がないようだ。


「ちっ、しつけぇな」


 上手く躱し続けるギルだが、防戦一方になってしまっているのはまずい。格段に大きな氷柱は躱す他ないが、小さな氷柱となれば砕いてしまったほうが速い。狙いは明確。大小関係なく射出するというのなら、比較的砕ける大きさのもののみとなった時に、砕いて一気に距離を詰めるべきだろう。


 ギルが体術しか使わない様子であることを確認したうえでの戦術である。女もギルが距離を詰める算段をしているのは明白だった。思考のスピードはほぼ互角。だが、実際の動きはギルのほうが数段上である。


 実力が伯仲しているの原因は、ほかならぬ女の冷気の能力、そして、ギルが炎を使わないことにある。空気中に生み出した氷を砕き、ギルは前進する。多少距離を詰めるが、女も舞うように距離を取る。処刑を相手にしていることに多少なりとも警戒をしているようだ。


 それでも、ギルのほうがスピードは遥かに上である。態勢を低く下げて、氷の弾幕を掻い潜る。動きを制限する氷などものともしない突進に、女は僅かに圧倒される。瞬時に、手を掲げて次の手を繰り出す。ギルの移動先を予測した、氷の地面からの氷刃を一撃。


「無駄だ」


 が、それすらも躱したギルは殺気を膨らませて凶気に満ちた腕を伸ばす。当然負傷している右ではなく、左の鉤手である。


「無駄はあんたや」

「っ……」


 女の首を狙って差し出した腕は届かない。女の胸元から出現したのは氷山であった。槍のように鋭い一差しに貫かれかけたため、瞬時にその場を脱する。僅かに掠めた左腕から流血したが気にするほどではない。そんなことよりも……。


(さっきより速ぇな)


 氷の礫の時よりも氷を精製するのが数倍速かった。同時にギルは気付く。周りの冷え切った空気がさらに冷え込んでいき、白い霧のようなものが生まれていた。


「ようやく気付いたんか?」

「……で、何だこれは?」

氷結界(ひょうけっかい)……霜華(そうか)


女の唇がゆっくりと紡いだ。何かしら女が仕掛けたのだろう。それはよく分かる。


「……で、何が起こる?」

「阿呆か。言うわけないやろ」

「そりゃそうだ」


自分の手の内を晒すわけはない。だがそれでも少なからず自慢気に語りたがる奴もいる。目の前の女はそういう類ではなかったようだ。それは女も処刑人と向かい合って警戒しているからと言える。


「ま、だいたい予想はつくがな」


 ギルは断言する。距離を詰める。おそらく氷をかたち作るのが速くなるのだろう。それはすでに体感できた。もろんそれ以上の能力を有している可能性もある。少しは見破られたと驚きもしてくれたら儲けものだが、ギルの考え通りにはいかない。女の顔を見れば至って冷静で涼しい表情だ。


氷結界ひょうけっかい……霙舞みぞれまい

「……!?」


 女が分裂する。それだけなら驚くこともない。分身を作るだけなら芸がない。魔界の連中ならいくらでもいる。女の分身はゆらゆらと揺らめいていた。そして、どれもが素早くギルを多角的に迎撃を仕掛ける。


「本物は一体か」

「当たり。けどどれもが本物でもあるで」


 空気中に散る白い霧が視界を鈍らせる。ただの分身ではない。幻影みたいなものだ。はっきりと実体ではないと確信させるが、本物が認識できない。分身どれもが攻撃態勢になるのであれば同時に対処するしかない。が、腕を伸ばした瞬間やはり幻影の分身は消え失せた。

 処刑人と認められる体術で全ての分身を霧散させる。女は消えてしまった。


「上か」

「当たりや」


 手のひらにめいいっぱい溜めこんだ冷気を叩き込む。わざわざ喰らう必要はないため、腕を交差させながらギルは回避に努める。女の攻撃はコンクリートを容易く破壊した。その瞬間、凝縮した冷気が爆発する。女の右腕を中心に巨大な氷が炸裂してギルの身体を蝕んだ。


 もともと腕を構えていたことが功を奏すが、両腕と腹部に鋭利な氷が突き刺さる。瞬時に氷を破壊するが致命傷は避け切れていなかった。


「……っ」

「まず一発や」


 女は油断しない。距離を取ったギルを目の前にしても、安易にトドメに決めかかろうと動くことはなかった。一転して悠然とした動きで佇む。再び右手に冷気を込めて、左の手にも同様に白い冷気が視覚化されていた。


「やるな……」

「氷結界……雹楼陣ひょうろうじん

「……!?」


 女の姿が掻き消える。周りの白い霧は徐々に濃くなっていった。そしてどこからともなく女の声が響く。


「これで終いや……処刑人」

「くそが……っ」





 いつかの時と同じ。季節外れの雪が降る黒い空。闇に紛れつつも、色濃い殺気の交錯が感じ取れた。執行者であるクランツは、鋭敏な感覚で何か起きていることを感じて駆け抜ける。常人の目に映らないスピードでたどり着くと、クランツの目の前には激しく血を流すギルの姿だった。

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