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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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5.復讐を誓う女Ⅷ

「見つけた……」


 同時刻、闇が深まるなか透き通る声が黒い空に響き渡る。聞き慣れない。それよりも、声質からも不穏な雰囲気を察知したギルは、背後に映った影へと一瞥した。


「あ?」


 いまだ明確に姿が見えない。紗希を探しているのか。他の対象がいるのか。皆目見当がつかないことにギルは苛立ちを覚えていた。高所から探るいつものやり方で視野を広げていたところだった。返答とも言えない言葉を発したのち、ゆっくりと立ち上がる。


 気配を感じなかった。背後を安易に取られたことにより、ギルは苛立ちで曇らすことのないよう、警戒心を持つべく自身へと働き掛ける。


 見れば女だった。白い着物。紅い帯。黒い下駄。後ろ手に括る、透き通るように淡い紫色の髪が特徴的な、目つきの悪い女だった。


「……ようやく出てきたか」


 女が魔界の住人であるのはすぐに分かる。挑発的に吐き出し続けた殺気に、ようやく反応したのかとギルは考える。

 何しにこの街に来たのか。紗希を狙って来たというのなら、今更ギルの前に出て来たのはおかしい。何を待っていたのか。

 ギルは目的を問う言葉を投げ掛けた。


「今まで潜んでたのは……っ」


 警戒心を緩めたわけではないが、女はいきなり攻撃を仕掛けてきた。何かを投擲したのは確認できたギルは、瞬間的に体を翻して避ける。

 回避に努めたため、何を投げたのか分からなかった。


「引き篭もってたわりには好戦的だな。おかげで分かりやすい」

「……あんたが処刑人か?」


 ようやく女が放った一言。攻撃を仕掛けた後に尋ねるとはこの女の思考はどうなっているのか。ギルは内心ツッコミを入れるものの、特に誤魔化す必要性がないことから素直に認めた。


「そうだが?」

「なるほど。思ったより強くなさそうで安心や」

「あぁ?」


 不意の挑発。そして、不意の攻撃。ビルの屋上にて、三メートルほど距離は離れていたが、女は爆発的な推進力を得たようにギルの寸前まで跳躍していた。


「っ……」


 女が舞う。頭を下にしたアクロバティックな動きで翻弄する。上から叩き付けるような蹴りが炸裂した。咄嗟にギルは右腕を差し出して守りを固める。防御に問題はないが、ビリビリとした痺れが右腕に走る。その隙に、女は空中で頭を下にしたまま腕を指し伸ばす。鉤手のように伸ばした右手は容赦なく心の臓を狙ったものだと思われる。

 ギルは危険を察知して距離を取るように飛び退く。ギルは自らの攻撃手法に似ている。そう感じた。


「何だよ。引き込まってた割には遠慮がねぇな。焦ってんのか?」


 ギルは咄嗟に右腕で防いでしまった。黒き魔炎による影響で右腕はまともに機能しない。既にズキズキと火傷で疼く右腕は時間を経過させることで、誤魔化しながら使役する他なかった。まさに時間稼ぎのための会話である。


「別に。私は元から処刑人を殺すつもりや。最初から遠慮なんかないわ」

「つまり、……狙いは俺か」


 女からは憎悪を孕んだ殺気が発せられていた。目的は人間でも、街の制圧でも、紗希でもない。処刑人であるギルのようだ。

 私怨の類か。だが、ギル自身に女は見た覚えがなかった。だが珍しくはない。ギルは処刑人として、魔界の住人と呼ばれるモノを何匹も殺してきた。仇討ちということもあるだろう。


 女の殺気が具象化する。女の周囲が白い冷気を帯び始める。雪女と呼ばれる類だ。魔界でも数が少なく珍しいが、氷魔に類することには変わらない。

 この街に季節外れの雪が降ったのは間違いなくこいつの影響だろう。ギルの見立てに相違はなく、徐々にギルの周囲も含む辺り一帯の気温が急激に下がり始めた。


「この前、雪が降ったのはお前の仕業だな」


 女は何も返さない。問答は不要と言いたげなのか。言葉ではなく、女の手腕から雪の結晶が放出される。先程も投擲したのはこの氷礫こおりつぶてだろう。だが、さっきよりは広範囲のものだった。ギルは高速で移動して脱出する。

 処刑人であることはバレている。当然これだけで倒せるわけがない。女もそれはよく分かっている。氷礫はあくまで隙を生じさせる布石である。

 ギルの躱した先を予見していた。というよりは誘導したのだろう。女は距離を詰める。ギルとしては逆に有難い。炎を使わないのであれば、ギルに間合いを空けた場合の攻撃手段はないと言える。間合いを詰めたなかでカウンターを狙えばいい。

 そう思った矢先、ギルの視界から女の姿が消える。


「……!?」


 予想を超えたスピードではない。女は滑り込むようにしてギルの足元を狙う。

 足払いを狙った蹴り。ギルを転倒させる狙いだが、辛うじて持ちこたえる。だが、バランスを崩したところに連撃を叩き込むように蹴りが見舞われる。鋭い蹴りだ。左腕だけで対処するに越したことはないが、さすがに厳しい。右の二の腕でも蹴りを受け止めてダメージを軽減するが、ガードを吹っ飛ばしてきそうな重い蹴りである。


「ちっ」

(こいつ、蹴りが主体か)


 女の身体能力も大したものだが、屋上のコンクリートがいつの間にか凍ってしまっていた。慣れない足場でいつもより動きが悪い。反して女の動きは鋭さを増すばかりである。自分の戦いやすいフィールドに変えたのだろう。

 とはいえ、処刑人であるギルが遅れを取るほどではない。


「甘ぇな」

「っ」


 ギルはある程度の女の動きを観察したのち、蹴りを見切って逆に掴み取ってしまう。顔面を狙うくらいに大きく蹴り上げた足を掴む。女は逆に掴まれたことを逆手に取り、もう片方残っている足で再度蹴り付ける。ギルはその蹴りも悠々と受け止めてしまう。先程と似たシチュエーション。続く攻撃よりも先に、ギルが膝蹴りでも繰り出すために足を上げた瞬間である。


「ぐっ……」


 ギルは即座に掴んだ両足とも放してその場を離脱する。女に動きはなかった、だがギルの手は僅かに凍っていたのだ。ノーモーションであっても冷気を放つことができる。思ったより厄介な相手だった。両手の凍り具合は大したことはないが、より明らかに動きが鈍る。


「こいつ……」

「これが、氷魔の力や」

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