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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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5.復讐を誓う女Ⅶ

 あてもなく駆ける。後になって走る必要などなかった。逃げる必要なんかなかったはずなのに。沈む日を背に、私はようやく足を止めた。


「はぁ、はぁ……」


 家とも方向は外れてしまう。気付けば空は黒く染まり始めていた。電車の音が聞こえる。遠くで踏切の音も聞こえた。壁に手をつき腰を折る。乱れた呼吸も、線路の下となるトンネルにいたために反響していた。


「大丈夫?」


 私を心配する声が響く。気にかけること言葉以上に、聞き慣れたその声で、不思議と安心してしまう。


「大丈夫だよ」


 背中越しの声の主に、私は努めていつも通りに返した。立ち止まって休んでいた私の足元に、そのうち黒猫が姿を見せる。耳を少しだけ垂らしたリアちゃんが、覗き込むように私を見上げていた。


「ごめん。余計なこと言ったから」

「違うよ。リアちゃんのせいじゃない」


 リアちゃんは息一つ乱していなかった。あっさり追い付かれていたことが、今だけは少し悔しかった。そして、今は少しだけ嬉しかった。

言葉通り、リアちゃんのせいだと思うわけがない。


 それから少しの間、時間が流れる。リアちゃんは何も言わない。私が乱れた息を整えるのを待ってくれたように思う。

 何か考えがあったわけじゃなく、つい飛び出してしまった手前、どこか気恥ずかしかった。少しだけ気まずい。何か話すべきだろうか。

 ごまかすように息を大きく吐く。考えても仕方ない。いつも通り、他愛もない言葉を出そうとしたとき、リアちゃんほうから先に声が掛けられた。


「紗希は……どうして、逃げないの?」

「え?」


 壁と対面して手をつき、頭を下げていた私は反射的に頭を上げて視線を下げた。いまいち言葉の本質が掴めなかった私は逆に訊き返してしまう。


「逃げないって……何から?」

「この街に来る、魔界の住人たちから。紗希が危なっかしいのは元からだけど、最近は、自分から危険なほうに飛び込んでる」

「元からって……」

「この街の……他の人間たちを助けようとしてるのは分かるよ。でも、何かそれだけじゃない気がする」

「……あはは、リアちゃんには見抜かれてるか」


 誤魔化すように苦笑う。でも、それだけだと答えにはなっていないようで、リアちゃんはじっと私を見上げて答えを待っていた。


観念した私は、先ほど強く自覚した思いをそのまま伝えた。魔界の住人、執行者。きっと私は、過去の何かを忘れている。そしてそれは、魔界の住人にかかわることで、ギルもクランツも、それが何か知っているだろうということ。頑なに口を閉じる二人から教えてもらうことは無理そうであること。他の人たちに危害がないようにしたいのもそうだけど、私は「それ」が何なのかを知りたいことを改めて伝えた。


「死ぬかもしれないのに?」

「うっ……」


 言葉のニュアンスから、明らかに指摘されていることが感じられる。命を危険にさらしてまでやることなのかと、叱責を受けているようで肩身が狭かった。


「それでも知りたいの?」

「……うん」

「はぁ……」


 溜息を吐かれたっ!?


「……それで、私はどうしたらいいの?」


 そう言って、子猫の姿を解く。黒い毛並みの猫はゆっくりと、金髪の少女へをその身を変えた。それでも、私より背の低いリアちゃんは再び私を見上げる。ちょっと近い。じっと見つめるリアちゃんの眼が、紫色の宝石みたいで綺麗だなんて思ってしまった。可愛く凄んでいるとも取れるリアちゃんに、私はどう言ったものかと思案した。


「どうしたらいいってリアちゃんが?」

「そう。紗希一人でいけるの?」

「それは無理……だけど」

「処刑人も、執行者も頼れないでしょ。あの医者は論外として……。私が手伝うしかないよね」

「……むむっ、うんと、リアちゃん、お願いしていい?」

「もちろん」


 待ってましたとばかりに、責め寄る様子からリアちゃんの顔が綻んだ。私の我儘に付き合ってくれるだけでも有難い。なのに、なんというか不意にリアちゃんのことが一層可愛く思えてしまう。いつも可愛いけど。


「ありがとね。でも無茶はしないでね」

「その言葉、紗希にそっくり返してあげる」

「うぅっ……」


 カウンターを喰らってしまい、何も言い返せなかった。普段から指摘されている分、確かに私も勢いに任せてしまうところは直さないといけないと考えさせられる。

 

「……そんなに落ち込まなくても」

「いや、どちらかというと反省しないとって心境かな」

「とりあえず帰ろ。いつまた魔界の住人に出くわすか分からないし」

「そうだね」


 今回の魔界の住人はギルを狙っている。リアちゃんも半分冗談交じりで言ったんだと思う。とはいえ、あてもなく夜に出歩くのは得策ではない。自業自得だけど、随分沿線からも離れてしまったので、今日はこのまま歩いて帰ったほうがまだ早そうだ。


「飛び出したこと、ちょっと後悔してるでしょ」

「えぇ、何で分かるの?」


 納得いかないが、リアちゃんは笑っているだけで見抜いた要素は教えてくれなかった。少し悔しい気がする。そのあとは、リアちゃんと今何を考えているかクイズを出し合いながら帰路につく。







「見つけた……」


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