5.復讐を誓う女Ⅵ
「どういうことですか?」
「彼女、赤さんでしたか。赤さんは負傷した状態。いや、仮に万全だったとしても、とてもギルさんにかなうとは思えないのデス」
「いえ、それより何で今夜にでも動くと分かったんですか?」
「それは簡単デス。彼女自身がそう言っていたのだから」
実に分かりやすい答えだった。スカルさんは続ける。
「警戒はされてましたが、最低限の治療は受けてもらえたんデスよ。ただ、私がギルさんを狙うのは止めた方がいいと言った途端、処刑人側だと思ったのでしょうネ。間違ってはいないのデスが。ついでに伝言を頼まれてネ。今夜覚悟するように伝えておいてくれと言われました」
「そ、そうだったんですね」
随分律儀な人だなと感じる。スカルさんを処刑人側、つまり敵側だと感じたのにわざわざ宣告するなんて。まるでどこかの怪盗みたいだ。
「よく殺されなかったね」
「え?」
そこでリアちゃんが物騒な発言をする。私もスカルさんも驚いてリアちゃんに視線を移すが、リアちゃん自身は至って冷静だった。
「私だったら闇医者を殺してた。そのほうがあとあと邪魔になることもない」
「こ、怖いこと言わないでくだサイ」
スカルさんが慌てたようにブルルッと震えながら抗議する。けど、リアちゃんの言う通りである。より目的を達成するにはそのほうが効率的ではあると思う。
「スカルさん、もしかしてその赤って人はかなりの深手だったとか」
「いえ、それほどではありませんヨ。一応私から逃げるために攻撃を仕掛けてキタので、私を消すコトより逃げるこコトを優先したのだと思いますヨ」
「なるほど」
それなら辻褄は合う。少し違和感みたいなのを覚えるけど、特に問題はなさそうだと思った。そのあともスカルさんから詳しく情報を収集することができた。リアちゃんの質問で、仕掛けてきた攻撃も氷を飛ばしてきたとのことで、十中八九、氷魔と呼ばれる魔界の住人に違いなかった。
情報をまとめると、赤と名乗る魔界の住人が、弟の敵討ちとして街に潜伏している。女の人の外見をして、氷を操る能力を持っている。負傷してはいるが、今夜にでも動きがあると予測される。これくらいだろうか。
「雪が降った日から考えると、結構見えてきましたネ」
「それより、早くギルに伝えないと。相手が負傷しているとはいえ、ギルも完治してないですよね」
季節外れの雪が降った日を思い出す。黒い炎を酷使した代償で、ギルの右腕はまともに動かせない。スカルさんも、ナース服がどうとかやってる場合じゃないという感情が渦を巻く。
「どうしてすぐに教えてくれなかったんですか」
当てつけるようにスカルさんに言葉をぶつけた。半ば八つ当たりに近いと自分でも思ったが、こんなときにもふざけていたスカルさんの真意を追求したかった。
「サスガに私モギルさんには伝えなけれバならないと思いまシた。デスが、紗希さんは知っていますカ? ギルさんが今何処にいるのカを……」
「それは……」
確かに分からない。処刑人である以上、ギルが狙われている以上、一番伝えないといけないのは間違いなくギルだ。でも、ギルに対する連絡手段はない。普段何処に留まっているかも分からない。
「で、でも……、せめてスカルさんも私たちに教えてくれれば……」
ギルと早くに接触出来るのが誰になるか分からない。なら、せめて相手の情報を共有することは大事だと思う。それくらい私でも分かる。いや、けどスカルさんはそうじゃない。少なくとも、スカルさんから話そうとはしなかった。伝えようともしていなかった。それがスカルさんの意思だ。
そのことに気付いて言葉が詰まる私に対してスカルさんが僅かながら口を開く。
「それは……」
けれど、それも途中で途切れてしまっていた。言い淀むスカルさんを遮り、核心をついたのは大人しくしていたリアちゃんだった。
「今回、紗希は狙われてないから」
「え?」
一体どういうことなのか。困惑する私はただただ聞き返すだけだ。
「今までならほとんど狙われたのは紗希だった。けど今回は明らかに違う。今回は処刑人だというのなら、わざわざ紗希が行く必要はない。そうでしょ?」
「……いやーなかなかの推察ですガ、残念ながら……」
「私もそう思ってた。紗希が危険なことしなくてもいいのにって」
違和感のないように取り繕うスカルさんだが、リアちゃんの同意する言葉に押し黙ってしまった。図星だと白状しているようなものだ。話をそらすため、ナース服を準備していたスカルさんに憤りを感じていた自分が滑稽に思えてくる。
「……私、邪魔ってこと?」
「違いマス。ここまで敵の情報が分かったのは少なくとも紗希さんが動いてくれたおかげデス。ただ、これ以上は危険だと思うのデス。ここらが潮時ってことデス」
「……分かった」
理解はしているつもりだ。自分の行動の危うさは。リアちゃんの気遣いも。スカルさんの指摘も。自分がどれだけ我儘なことをしているかも。
「紗希っ!?」
「リリアさん、ついてあげてください」
「言われるまでもない」
でも、知ってしまったから。気になるから。いつも助けてもらったから。そう言えば良かったのに。何も言葉は出てこなかった。納得など出来ず、反論も出来ず。子供のように逃げてその場を後にした。色んな理由を考えるけど、嘘ではないけど、言えなかった。
私が魔界の住人に関わるのは……。
「そう、あなたが。大きく、なったのね」
そうすれば、私だけが知らないことを知れると思ったから。