5.復讐を誓う女Ⅳ
空気が変わる。張り詰めたそれと変貌したなかで、リアちゃんとクランツの視線が交錯した。
「貴様が出る幕じゃない。出しゃばるな」
「貴方に言われる筋合いはない。それに、道理が通ってるかどうかくらいの判断だって私にも出来る」
クランツはきっと曲げないだろう。リアちゃんも、毛嫌いする執行者相手に、一度向けた牙はおそらく引っ込めない。今にも戦いを始めようとする二人に、私は止めに入る。
「ありがとリアちゃん」
「紗希?」
「でも、今この場所では抑えてほしい」
まだ人が行き交う駅前だ。こんなところで戦えば、巻き込まれる人も出るかもしれない。それに、魔界の住人の存在が露見してしまう。
「そうでしょ?」
だからは此処で戦うことは避けなければならない。執行者であるクランツに問い掛けるようにして、言葉を投げた。
「……そうだな。確かにここではまずい。が、貴様も魔界の住人だ。時間と場所を変えてなら応じてやる」
「なっ……」
「俺は執行者だ。魔界の住人たちを殺す存在。その黒猫も当然、対象だ」
顔色ひとつ変えず、クランツは淀みなく言い放つ。かつて共闘もしたとはいえ、クランツの中では、やはり魔界の住人は全て敵だと見なしている。さすがに見過ごせなくなり、私も自然と声を荒げた。
「待って。リアちゃんは人間を襲ったりしない。それはクランツも分かってるでしょ。今までも一緒に戦ってくれてるんだから」
「あぁ。分かっているさ。かつて、人間側と思わせておいて、騙し討ちのように人間を殺した魔界の住人がいたことも知っている」
「リアちゃんはそんなことしない!」
かつて?
そんな過去の事例なんか知らない。
過去にどんな奴がいようとも、そんな奴と同じにされたくない。
クランツが相手とはいえ、憤りを感じた。一方で、冷たい視線を向けたまま、クランツは言い放つ。
「……やはり、あんたも同じ考えなんだな」
「それ、どういう意味?」
「……いや、気にするな」
イグニスさんから溢れた言葉の真相と同様に、私には計り知れない。尋ねようとする前に、クランツは踵を返し始める。まるで、私の問いから逃げるように背を向けたのだ。
「黒猫。貴様も後回しにしておく。生き延びたければ、神崎紗希から離れることだ」
そう言って、クランツは一瞥した後、歩き去ってしまう。問答は終わりだと言わんばかりに終わらせたのだ。
駅とは違うほうへ向かう。電車に乗る気はないのだろう。今なら私も、後ろ姿が確認出来る。今なら追い掛けて追求することは出来るけど、それでも、おそらくクランツは何も話してはくれないと思った。
「ふぅ」
一息つく。リアちゃんを敵として見ていること。何か隠されていることに焦燥感に駆られる。けどそれは、後回しにしよう。今は、街に潜む魔界の住人のほうをどうにかするのが先のはずだ。
「ごめんね。私の代わりに言ってくれたのに」
足元にいるリアちゃんに向かって、私は謝ってしまう。見上げるリアちゃんの金色の眼が丸くなった。
「別に紗希が謝ることじゃないけど。元々執行者の考えは分かってるつもりだし。正直慣れてるから」
気にも留めていないとのことだが、私にはそれが少し寂しい。魔界の住人と執行者。確かに対立しているのかもしれないけど、私から見れば変わらない。少なくとも、ギルもリアちゃんも、それにクランツも、同じ側なんじゃないかって思う。
だからこそ、互いにいがみ合っていることが私には、不可解で、不毛で、歪に映る。
「それより、これからどうするの?」
でも私には、少なくとも今の私には、どうにも出来そうになかった。とりあえず今は、街に潜む魔界の住人を何とかするために、自分に出来ることをするしかないと思った。
リアちゃんに問われ、少しだけ逡巡する。
「一応スカルさんのところに行こう。潜んでいる魔界の住人は女の人だってことを伝えてないと。もしかしたらスカルさんも、何か掴んでるかもしれない」
「……うん。そうだね。それがいいと思う」
明後日の方へ顔を向けつつも、リアちゃんが同意してくれる。リアちゃんにとっては、スカルさんもソリが合わないのだろう。
これはまぁ、仕方ないかなと思った。スカルさんには悪いけど。
また同じように電車を乗り継いで病院へ向かう。本当はギルとも連絡を取りたいところだけど、何処にいるのか連絡を取る手段がない。
スカルさんなら以前魔界の住人に襲撃を受けた病院に行けば会えると思う。
大きな市立病院に向かい、一階にある廊下の突き当たりまで足を運ぶ。一見何もない壁のようだが、普通の人間には認識できない空間が存在している。いまだに慣れないため、手を前に突き出しながら壁に向かって進むと、突き出した手が白い壁の向こうへと吸い込まれる。
そのまま潜り抜けて、スカルさんのいる専用の診察室に赴いた。