5.復讐を誓う女Ⅲ
クランツの言葉に一つの可能性を見出す。ギルでもクランツでもないとすると確かにスカルさんかもしれない。
「う~ん……」
けど個人的にはどうなんだろう疑問に思う。スカルさんならむしろ傷を治そうとするかもしれない。狭山から聞いた話と照らし合せても、私の中でスカルさんだとは一致しなかった。
ただもし、仮面が外れたとするなら……。もし暴走を始めてしまったとしたらどうだろう。ありえないとも言い切れないと思う。けど……。
「ふっ、違うと言いたげだな」
「……!?」
考えていたところを見られていたようでびっくりする。関心したように見つめるクランツに戸惑いながら答えた。
「うん。スカルさんじゃないと思う」
「ちなみに、何故そう思う?」
「スカルさんならきっと傷付けるより治療しようとすると思う。もちろん仮面が外れてしまったとか、エルゴールの時みたいに何かあるかもしれないけど……」
「暴走しているならここまで静かなのはおかしいし、既に接触しているなら連絡があるのではないかってところか」
「……うん」
私が考えていた根拠に近いものをクランツは予測して言葉を被せる。ほとんどスカルさんと面識はないのに鋭いと感じてしまった。
「ただの勘というわけでないならまだ信憑性もあるだろう。だが、あの医者も元人間といえど魔界の住人だ。既に俺たちとは一線を画している。あまり奴を信用しないことだ」
「ふふっ」
つい笑みが零れてしまう。真面目な話をしていたクランツは神妙な顔つきとなる。私としてもそのつもりはなかったので少し申し訳ないと思った。
「ん? 何かおかしかったか?」
「ごめん。なんか、ギルと同じこと言ってるなって思って」
「ぐ、……そうか」
クランツの表情が苦虫を噛み潰したように不機嫌なものとなる。そんな顔を見てると、つい笑ってしまったことよりも、ギルと同じだと評してしまったことで申し訳ない気持ちになってしまう。
「とりあえず、話は分かった。進展は確かにあったが不可解な点は多い。これ以上あまり深入りするな。何か気付いたことがあるならまず俺を頼れ。いいな」
「うん。分かってる」
膝の上にいるリアちゃんを視界に留める。黒猫の姿をであるリアちゃんは、寝てるかのように丸くなっていた。それでも、ピンと立たせた耳は時折動いて、警戒しているのが見て取れた。
そこまでしっかり観察出来たところで、ようやく私は、いつの間にか顔をうつ向かせているのだと自覚する。
「あの……教えてほしいことがあるの」
意を決して口を開く。どうしても気になった。あの夜、クランツと同じ執行者であるイグニスさんが発したあの言葉。
「大きく、なったのね」
あの言葉に、いったいどういう意味が込められていたのか。今もう一度、訊きたいと思った。
「……何だ?」
「イグニスさんが言った言葉。あれがどういう意味だったのか教えてほしいの」
しっかりとクランツを見据えて質問をぶつける。私の眼に映るクランツの表情は変わらない。何も動じてはいなかった。
「特に意味なんかない。イグニスの勘違いだと言っただろう」
「でもそれは……」
事務的に端的にクランツは応える。でもそれは真実でないことはもう分かっている。そしてそれは
「それに、今は潜伏している魔界の住人が気にかかる」
「……そうだね」
私は押し出そうとした言葉を呑み込んだ。クランツの言う通りだと納得したからじゃない。話を強引にすり替えたのを見て、話す気がないと思い知ったからだ。改めて痛感する。けど、だからこそ余計に気になってしまう。
ギルもクランツもイグニスさんも、何を隠しているんだろうと。
「もう一つ、きいていい?」
「……何だ?」
めげずに質問を続ける。クランツはあまり良い顔ではなかったけど、それは何かを隠されている私も一緒だと思うようにした。
「昔、ギルと何があったの?」
「……話したくはない。正直俺のプライベートに関することだ」
「……うん、分かった」
私は無理矢理笑顔を作った。今までギルとの確執を見てきたこともある。最初の質問以上に、素直に話してくれるとは思ってなかったからだ。
「話は済んだな。今日はもう遅くなる前に帰った方がいい」
そう言ってクランツは、半ば強制的に話を終了させた。黒いベンチから腰をあげて私を促していた。
「随分勝手ね。自分だけ訊きたいことを訊いてそれで終わり?」
奥深くに生まれた私の気持ちを代弁したのはリアちゃんだった。丸かった体を起こし、私の膝から華麗に降り立つ。僅かに風が揺れた。それはリアちゃんの起こした風なのか私には判断がつかない。
リアちゃんは黒猫の姿のまま、立ち上がったクランツをじっと見据えていた。下から射抜くような鋭い視線。対して風に反応したクランツは一瞥したまま、見下ろすようにリアちゃんを視界に留めた。
「何が言いたいんだ?」
「分からない? あまりに自分勝手じゃないのかって言ってんだけど」