5.復讐を誓う女Ⅱ
「それならもう処刑人に任せればいいと思う」
それがリアちゃんの意見だった。クラスメイトが関わっている可能性はあったが、狭山から聞いた話を信じるならば、これ以上狭山に何か危害が及ぶとは考えにくい。処刑人を狙っているのとなると、そのうち出て来るだろう。そこで、ギルに返り討ちに遭うだけだとのことだった。
マンションを降りて駅を目指す。その道ながらでリアちゃんと今後を話し合う。
「そうかもしれないけど」
「それに、つけられてる」
「えっ……」
思ってもみない指摘に驚く。慌てて振り返るが、多少の人の通りがあるだけだ。何も不審な影は見当たらない。何故また黒猫に戻ったのか疑問だったけど、そういうことかと得心がいく。
「情報を引き出したさっきの人間。今は隠れてるけど」
「狭山が……」
自分だけでは気付かなかったけど、リアちゃんにはお見通しのようだ。今は角に隠れているとのことだけど。
「追い払う?」
物騒なことを言い出すリアちゃんに、少し苦笑いを浮かべしまう。きっと、「赤」という魔界の住人が気になっているだけだ。そこまですることはないし、もしそんなことをして、リアちゃんの存在まで気付かれてしまったら元も子もない。それよりも、これから何をするべきかを考えたほうが良いと思った。
「ううん、大丈夫。それよりこれからどうするか考えないと。一応クランツにはメールを送ったし。あとは……」
本当ならギルに、狙われていることを伝えるべきだと思う。ただ、ギルが何処にいるのか分からないし、連絡手段もない。
「とりあえずスカルさんにも伝えたほうがいいかな」
「……別にしなくてもいいと思うけど」
あからさまに躊躇するリアちゃんが分かりやすい。手当てしてもらったこともあるが、あまり良いように思っていないようだ。まぁ気持ちは分からないでもない。
そんな時に携帯が鳴る。ディスプレイを見てみればクランツである。メールではなく、直接電話が掛かってきていた。
「もしも……」
「今何処だ!?」
開口一番、怒声が飛び出す。少し遠ざけても、クランツの声が聞こえていた。私は慌てて説明する。
「く、楠木駅近くだけど」
「メールを見た。何をやっている。今は大丈夫なのか!?」
「今は大丈夫だよ。魔界の住人に襲われてるわけでもないし。リアちゃんがそばにいるし」
「……そうか」
執行者であるクランツからすれば複雑なのだろう。リアちゃんも魔界の住人には違いない。けれど、今はもう頼れる存在である。
「だが、何故女だと分かったんだ?」
「それは……」
「いやいい。先に合流しよう。駅に向かってくれ。俺も向かう」
クランツはそう言って電話を切ってしまう。けど直接伝えた方がいいのは確かだ。おとなしく駅に向かうことにした。その時リアちゃんに尋ねられる。
「つけられてるのはいいの?」
「……ううん。どうにか撒きたい」
狭山には悪いが余計な情報を与えるわけにはいかない。どうにかして振り切ったほうがいいと考える。
「分かった。任せて。紗希はそのまま走ってて」
「よく分かんないけど。手荒なことはしなくていいからね」
「大丈夫」
僅かにリアちゃんの周りで風が生じる。黒い毛色にうっすらと金色の風が揺らめいた。リアちゃんを信じて走り出す。と同時に、私の背後で凄い突風が巻き起こる。周りにいた人達は突然の強風に見舞われてしまう。直接的な被害は起きていないが、あまりの衝撃に目を瞑ることを強制させられる。
「早く今のうちに」
「う、うん」
関係ない人たちには申し訳ないけど、今のうちに駅へと急いで向かった。リアちゃんの鋭い感覚によれば、ちゃんと狭山を撒くことが出来たようである。
そのまま駅に着くと、ロータリーのタクシー乗り場近くにクランツがいるのが見えた。
「あ……クランツ」
駆け足のまま声を掛けた。クランツも私の姿を確認したようだ。
「……とりあえず、本当に無事なようだな」
深く息を吐いたクランツは、髪を掻き上げるようにして額を押さえる。
「タクシーで来たの?」
「いや走ってきた。信号で止まるロスを考えると走ったほうが早いからな」
当然のことのようにクランツは口にした。魔界の住人ならいざ知らず、普通の人間なはずなのに驚くべき身体能力である。
「あまり聞かれていい内容ではないが、そこで話すか」
「うん」
示されたのは、駅のロータリーにいくつか置かれているベンチである。木製のベンチで黒く装飾されている。二人分以上は座れる幅になっていたので、クランツの横に腰を下ろす。リアちゃんは、黒猫の姿のまま、私の膝に乗って丸くなった。
「話してくれ。何があった」
「実は……」
リアちゃんにも伝わるように細かく伝える。クラスメートの様子に違和感を覚えたので話を聞きに行ったこと。そこで、女性の姿をした魔界の住人。赤が今何かしらの理由で負傷しているらしいことを話した。言葉にしながら思った。
もしかすると、執行者であるクランツが戦ったものかもしれないと。
けど、離し終えたクランツは神妙な顔つきを見せた。
「俺ではない。ギルもまだ潜伏していた魔界の住人を見付けていない様子だった。その黒猫でもないとすると、あの医者の可能性があるが」