5.復讐を誓う女
「まぁそんなとこなんだけど、信じられないよね?」
狭山が一息ついて言葉を濁す。いきなり女の人が血だらけで現れたこと。それを助けたこと。マンションの最上階から飛び降りたこと。そして、学校でもう一度会ったこと。確かに信じ難い話だと思う。けどそれは、ギルに会う前の私だったらの話だ。
「うぅん、信じるよ」
「……そっか。え、えぇ!?」
狭山は分かりやすく驚いていた。本当に意外だったようで、一瞬目を丸くする。
「何か意外だな。てっきり信じてもらえなくて、流されるかと思ってたよ」
「そんなことないよ。けど、そのあと急に早退したのは?」
「……」
言いにくいことなのか。狭山は少し沈黙した。
「自分でもよく分からない。何か手伝えることがあれば良かったけどね。とりあえず赤さんを探そうとは思ったけど、どこに行ったのか全く見当はつかないし。少なくとも、学校に待機する気分にはなれなかった」
声を落として狭山は独白する。なんとなく、分かる気がした。自分に出来ることはたかが知れてる。けど、見て見ぬフリをしたまま平気でいることは難しいと思った。
私が狭山の立場ならどうしてただろう。一瞬だけ頭を過ぎる。けど、今そんなことを考えている場合ではないと考え直す。
狭山の話からいくつか情報が聞けた。やはり魔界の住人が関わっていたこと。今街に潜伏していたのは「赤」という見た目人間の女性であること。和風の格好をしていて今は負傷していること。
そして何よりは、赤という魔界の住人の狙い。弟の仇として「処刑人」を追っていること。処刑人という言葉が、自ずとギルと繋がる。
相手はギルを追っている。ならば負傷していたのは、ギルと戦ったからだろうか。赤は弟の仇で動いている。今までのように、相手を容易に非難出来ないと感じてしまう。ならば、私には何が出来るだろうか。
「ありがと。おかげで納得できた」
私は立ち上がってお礼を言う。迷う心を抑えて、まずやるべきことを実行しようと決意する。なかなか尻尾を出さなかった魔界の住人のことを、まずは皆に伝えるべきだと思った。
「ありがとって……何する気なんだよ?」
颯爽と立ち去ろうとする私を、狭山は慌てて止めに入る。腰を浮かせたまま、立ち上がる私の腕が掴まれてしまう。
「サキリン……何か知ってるの?」
「……知らないよ。私は何も知らない」
狭山の顔を見ると、そう口にするのが精一杯だった。
「それじゃあ何処に行くんだよ? 僕も、僕もついて行く」
何か感付いてしまったのか。狭山はとんでもないことを言い出す。どうにかしてそれだけは阻止しないといけない。
「ちょっ、ちょっと待って。私は何も知らない。ただ家に帰るだけだよ」
「……ほんとに?」
「うん」
「そう……」
手で押し返すように狭山を留める。確証めいたものはなかったようで、私が否定する言葉をそのままに受け入れてくれた。
目に見えて狭山の様子は大人しいものだ。何か思うところはあるのだろうが、私は触れない。私が赤という魔界の住人に関連していることが分かると、きっと必ずついてくるだろうと思えた。
なら、これ以上余計な情報は与えるわけにはいかない。帰ると言う私に対して、狭山がそれ以上追求することはなかった。
「ごめんサキリン。心配掛けて」
「別にいいよ。気にしてない」
玄関口まで見送る狭山が頭を下げる。
「それより、明日もちゃんと学校来るの?」
「……行くよ。必ず行く。明日にはいつもと同じように振る舞うよ」
狭山はそう言って笑って見せる。いつもと違う、明らかに無理をした笑みだった。こっちまで調子が狂ってしまう。
「うん。じゃね」
狭山と別れ、その場を後にする。 廊下をいつも通りのスピードを意識して足を進める。角を曲がり、エレベータを呼ぶ頃には私の姿はもう狭山からは見えない。すぐさま携帯を取り出し、電話をかけた。
かけた相手はクランツである。だけど、いくらかけても繋がらなかった。仕方なしにメッセージを送ることにする。
そうしているうちにエレベーターの扉が開く。時を同じくして、ベランダに回っていたリアちゃんも戻ってきた。器用にも、廊下の壁の上を飛び跳ねるように渡って来る。最後に降り立った瞬間に光に包まれる。黒猫の姿は、金色の背中までかかりそうな髪を広げて、小さな女の子へと姿を変えた。
「紗希、何か分かった?」
「うん。やっぱり魔界の住人だった」
「……っ」
エレベーターに乗り込みながら、リアちゃんが質問する。私が答えると、リアちゃんの顔色が変わった。それを確認できたので、できるだけ優しく語りかける。
「大丈夫。あの部屋にいたわけじゃないから」
「なら、何処に?」
「それは分かんない。けど分かったこともあるよ」
私は携帯に文字を起こしながらリアちゃんに口頭で得た情報を伝える。赤という魔界の住人のこと。外見や特徴。そして、弟の敵でギルを狙っていることを。