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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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4:交差Ⅸ

「何だって?」


 狭山は二の句が継げないでいた。誰かに追われていた。誰かを殺すために追っていた。それは弟の仇だと言う。


 ドラマか何かの話だろうか。思いもよらない言葉。自分の想像を遥かに超えた内容に狭山は言葉を失う。だが、赤の言葉を嘘だとは感じなかった。最初に出会ったのはマンションの屋上。血だらけで動くこともままならない状態だった。何か事情があるのはすぐに分かる。


 まさかこのご時世に敵討ちなんて事情とは思わなかったが、嘘を付くならもっとマシな嘘があるだろう。

 見れば赤の様子は少しだけ狼狽えていた。弟の仇を討つ。そんなことまで話すつもりはなかったはずだ。つい口に出してしまったと、喋りすぎたと後悔の念が窺える。


 狭山としては行かせようとは思わなかった。だが、そもそも一介の高校生だ。もはや、狭山の手に負える内容ではない。


 誰かに追われている。弟の仇を追っている。仇を討つということは、これから殺人を犯すと宣言しているようなものだ。みすみすそれを見過ごそうとも思わない。

 が、あまりに現実味を帯びない話に狭山は思考する。一瞬迷う。何を言うべきか。どうするべきか。それが、赤を止める行動を遅らせた。


「仇って……」

「今言ったことは忘れろ。そして私のことも。感謝はしている。ありがとう」


 それだけ言うと、赤はすぐさま身を翻す。ベランダをすり抜け、姿を消した。


「ちょっと待って!」


 遅れて狭山が声を張るが、赤はもういなくなっていた。狭山が慌ててベランダに出て外を確認する。驚くべきことに、赤は空中で着地する。高度を下げながら着地を繰り返していた。

 薄々感じてはいた。だがこれで決定的だ。赤はおそらく普通の人間ではない。狭山が確信できたころ、赤はもう闇夜に紛れてしまう。その姿は、まるで陽炎のように消えてしまった。




 明くる日。赤という存在がいなくなった今、狭山の日常は以前と同じに戻る。何も変わらないはずだ。

 忘れようとするように、狭山はできるだけ同じ行動を心掛ける。これまでの日常をなぞるように学校に行くが、やはり、狭山の日常に紛れた赤の存在は大きい。


 だからこそ、血だらけの怪我人と聞いて狭山は大きく反応した。まず何よりも思い浮かべたのは、血の海に沈んでいる姿の「赤」だった。


 教室を飛び出し、半信半疑ながら校内を駆ける。事実、狭山が目にしたのは壁に寄り掛かるようにして血に染まった腹部を押さえる赤であった。こうべを垂らし、狭山の気配に感じたのは狭山が随分近付いてからだった。


「赤さんっ!」


 声を張ったのは一声だけだ。それは、病院を異常なほど嫌がり、弟の敵を追っているという赤の言葉を思い出したからだ。騒ぎになることを赤は間違いなく望んでいない。こんな体育館の物陰にいたのもそのためだろうと推測は容易についた。


「……驚いたな。ここまで縁があるとは思わなかった」


 面を上げた赤の表情は嗤っていた。自分の置かれた状況を、不甲斐無さを嘲弄する顔であった。赤が学校に来たのはただの偶然だ。負傷がなければ、ただの人間に目撃されるような愚行は犯さない。人気のない場所、というよりは死角のある場所を探したのは確実である。だが、赤には狭山が話した学校という認識さえなかっただろう。


「何やってんだよ……」


 それは誰に向けた言葉か。また負傷をした赤の愚行か。それとも何も出来ない自身への呪いか。口にした狭山もよく分かっていなかった。


「今……赤さんのことで、少し騒ぎになってるよ」

「……そうか。なら、場所を変える。悪かったな」


 壁を背に支えながら赤はゆっくりと立ち上がる。血に塗れる痛々しい姿は狭山の心をざわつかせた。狭山はいてもたってもいられなくなり差し伸べる言葉を投げかける。


「そんな怪我でどこに行くのさ。まずは安静にしなきゃだめだ!」


 だが、壁に左肩で寄り掛かりながら移動を始める赤の気に触れたようで、赤は鋭い視線だけを寄越して声を荒げた。


「私に指図するな! たかが少し匿っただけで命の恩人気取りかっ!」

「なっ……別にそんなつもりじゃ……」

「私に取っては同じだ。目的のためなら自分の身体なんかどうだっていい。邪魔をするな」


 はっきり邪魔だと言われ、狭山は口を噤んでしまう。赤は普通の人間ではないかもしれない。そのことに感付いたゆえに、狭山は確かに自分の出る幕ではないかもしれないと一瞬、躊躇してしまう。だが……。


「……じゃあ、僕に何かできることはない? 仇って誰を追ってるんだよ」

「処刑人……」

「え……?」

「いや、お前に出来ることはない。何もないんだ。お前はお前で、自分の目的のことを考えていればいい」


 その言葉を皮切りに、何かに勘付いた様子の赤は傷口を押さえながら跳躍する。近くの木を登り、そのまま校外へと消えてしまった。狭山の目には、速すぎて一瞬で消えたように映っただろう。


 神崎紗希が現れたのはすぐ後のことであった。


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