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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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4:交差Ⅷ

 やはり何処かおかしくなったようだ。わざわざこんな事を言わずとも、勝手に出ていけばいいものを。赤は自分の行動に少し戸惑う。


「世話になったな」


 赤は短く告げた。だが狭山は、部屋を出ようとする赤の腕を掴んで止めにかかる。


「いやちょっと待ってよ」

「何だ?」

「まだ話は終わってないよ」

「……お前、結構良い度胸してるな」


 今の話を聞いていなかったのか。敵に襲われる可能性があるんだ。お前自身の為にも、自分が此処を離れるべきだというのに。


「正直お前の恋愛事情なんか私にはどうこう出来ない。男ならそれくらい……」

「違うよ。それも大事だけど、赤さんが追われてるってことだよ」


 赤はピクッと反応する。てっきり惚れた女のことだと思ったが、そうじゃないらしい。


「追われているのは分かった。でもそんな体じゃ、まだ無理だと思うよ」

「だったらどうだと言うんだ」

「完治するまでだけでもうちにいればいいよ」


 赤は頭を殴られたような衝撃を受ける。今までも狭山の発言には驚かされた。だがこの発言は、これまでの比じゃないくらいに度肝を抜かれたのである。


「なっ……。お前は、何を言ってるのか分かっているのか」

「分かってるつもりだけど?」

「分かってない。私が此処にいればお前がどうなるのか分かってるのか。最悪お前は……お前は……」


 赤はその先が紡げないでいた。最悪、殺されるかもしれない。その言葉を言ってしまえば、それこそこの人間を巻き込んでしまうかもしれない。


「最悪、僕はどうなるの?」


 赤が中々次の言葉を発しないせいだろう。狭山は当然疑問を口にする。


「……知らなくてもいいことを知ってしまうかもしれない」


 赤は随分と言葉を濁す。説明としては大いに不足していたが、赤の意図するところは狭山に伝わったようだ。でも、それは狭山にとっては看過できない思いを余計に持たせてしまう。

 狭山のもともとの性分である。そのあたりは紗希と同じだ。何か事情を抱える誰かを知らんぷりすることはできない。見ず知らずならいざ知れず。一宿一飯の世話をした相手だ。特に、狭山にとって女の子をほっとくという選択肢は最初からなかった。


「でも赤さんは誰かに追われている。それは間違いないんでしょ?」

「……あぁ」

「早く逃げるべきではあるけど、今は怪我で動けない」

「……そうだ」

「なら答えは簡単だよ。怪我が治るまで。とりあえずはそれまでここにいればいい」


 なおも考えを曲げない狭山に、赤は驚く。得体の知れない者をそばにおいておくことがどういうことか分かっているのか。怖くはないのか。不信感はないのか。普通なら距離を於く。今すぐにでも追い出すべき存在だろうと赤は自分を卑下していた。なのに、こいつはそれを選択しないと言う。

 赤にとっては世界がひっくり返ったような衝撃だった。こんな人間がいるのかと。そして、少しだけ興味が湧いた。


「馬鹿だなお前は」

「そうだね。よく言われる」


 赤はほんの小さな笑みを零す。つられて、狭山も笑みを浮かべた。


 それからは少しだけ話をした。もちろん魔界の住人ということを口にすることはできない。主に赤が狭山を質問を続けた形である。興味が少しだけ湧いた人間が、本来ただ獲物としてか見ていなかった人間が、どのように過ごし、どのように物を考えているのか尋ねたのだ。


 一通り話して夕食を取り、多少互いが知れたと思える頃には、少々疲れたようで赤は休むことにした。女の子と同じ部屋で眠ることに気が咎めた狭山は、赤が眠りについた頃、音なく部屋をあとにする。狭山も別室にて休むことにした。


 その後、狭山が音に気付いたのは偶然ではない。もともと一人暮らしであれば夜更かしくらい当たり前である。休むと言っても、日は変わってもいまだ眠りについていない狭山の耳に何か動く物音が届いた。音の出所は寝室。赤が眠っているはずの部屋である。ノックをしたのち、狭山はゆっくり扉を開ける。そこにはベランダをめいいっぱい開ける赤の姿があった。


「何してるの?」


 半ば呆れたように狭山は声をかける。視界は暗い。そのまま電気のスイッチを手探りするが、赤はきっぱりと制した。


「明かりならつけないでくれ」


 懇願するように聞こえる物言いに、会って間もない狭山も妙だと感じた。


「赤さん?」

「全く。こっそり行こうと思ったのにな」


 赤はゆっくり振り返る。電気をつけなくとも、今夜は月の光のせいか明るかった。


「……世話になった。すまないが、やはり私はもう行く」

「なっ……。何を言っているのか分かってるの? まだそんな体で。誰かに追われているって言ってたじゃないか」


 狭山は、赤の無謀とも思える決断を考え直させようと、部屋の奥へと足を踏み入れた。


「いや、言ってなかったがな。私は追われている身であり、追ってる身でもあるんだ」

「……!?」

「私はもともと、そいつを追ってこの街に来たんだ。殺すために」

「……何を言って」

「嘘を言ってると思うか? 信じられないならそれでもいい。いや、人間のお前からすれば信じないほうがいいかもしれないな」


 そう言われて、狭山はかける言葉を失う。何と答えるべきか少し迷った。末に考え付いたのは、やはり今行くことを止めるべきだろうという思いだった。


「赤さんの事情は知らないけど、まだ安静にしてないと……」

「私は仇を討つために来たんだ。弟の仇を」

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