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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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4:交差Ⅴ

「いくつか訊いていい?」


 完食した後、頃合いを見計らった狭山が言う。女も当然だと思えた。人間からすればやはり、自分は異物に違いない。尋問してもおかしくは……。


「名前まだ訊いてなかったけど、何て名前?」

「……赤………と呼ばれてる」


 女はさらに、何かを続けて言い掛けた節があった。しかし、言葉を切って口を噤むと、それ以上言うつもりはないらしい。なら、それでも構わないかと狭山は思う。


「じゃあ赤ちゃんで……」

「それはやめろ」


 明るく口にした狭山の襟が、瞬時に掴まれる。あまりの手の早さに狭山は硬直した。何かまずかったのか。まるで紗希の拳のようだと思い出す。


「そう呼ばれるのは嫌いだ。馬鹿にされてるみたいだ」

「可愛いと思うけど」

「……か、可愛くない」


 赤と名乗る女は戸惑う。可愛いなどと言われたことなど今までない。しかも人間にだ。いや、赤にとって、人間とこんな風に会話することがあるなど思ってもみなかった。


「えと、じゃあ赤さんで」

「まぁ、それなら」

「僕は狭山啓介って言うんだ。よろしく」


 社交性が高い狭山だが、赤からすれば馴れ馴れしいと映る。数秒迷った後、赤は狭山から視線を外して言う。


「……よろしくなどしない」

「あはは……」


 つれない様子の赤に、狭山は乾いた笑いを零す。気を取り直すと、続けて質問を投げ掛けた。


「あと、どうして昨日はあんなところに……」


 当然の質問だな。と、赤は思った。話の流れから、この人間は執行者と通じているわけでもなさそうだ。魔界のことなど知らない一般人だろう。わざわざ自分を助けて何のつもりだと勘ぐったものの、杞憂だったようだ。


「別に……、ただ怪我をしたから何処かに潜むつもりだっただけだ」


 まさか人間に見つかる羽目になるとは思わない。本来なら屋上でやり過ごすつもりだった。まさか不調のせいで、飛距離を見誤ったことまで言えるはずがない。そんなことはつゆ知らず、狭山からは酷く能天気な言葉が出てきた。


「じゃあ、それまでいたらいいよ。部屋は余ってるし」

「は?」

「乗りかかった船って奴かな。一応助けたつもりなのに、その状態で追い出すわけにもいかないし」


 応急処置程度に、手当てされた赤の状態を指して狭山は言う。赤は隠すことも忘れて驚く。魔界のことを知らないからだろうか。こんな得体の知れない自分を置いておくと言ったのか。初めてだった。こんな人間を目にするのは。赤はふっと笑った後に確信した。


 こいつ、馬鹿だ。


 呆れてしまったが、赤にとってこの状況は悪くない。不意をつかれての負傷だったが、此処で可能な限り休めるのは好都合だった。


「あと一応もう一つだけ。その怪我はどうして? 昨日言ってた仲間って言葉も気になるけど」

「……知らない方がいい。お前には関係ないことだ」

「そういうわけにもいかないよ。誰かに追われてるとかかもしれないし」


 赤は考える。馬鹿には違いないが頭が悪いわけではないらしい。その可能性を考慮をした上で居てもいいと発言したようである。いや、余計タチが悪いだろう。わざわざ損を選ぶ馬鹿だということだ。


「余計な気遣いはいらない。動けるようになったらすぐに出て行く」

「それこそ余計な気遣いだよ。別に厄介払いしたいわけじゃないんだから。ただ、何か手を貸せることはないかと思ったからだよ」


 赤は耳を疑う。何だこいつ。ここまで来ると、単なる馬鹿と片付けていいものか迷う。狭山の思考が読めず、馬鹿な振りをしているだけにも赤の目には映った。だから、赤は口にした。


「お前。狭山と言ったか」

「うん」

「お前は、魔界を知っているか」

「まかい?」


 問われた狭山は、ただ赤の言葉を繰り返す。


「なら、処刑人って呼ばれる奴を聞いたことはあるか?」

「え~と、死刑とかやってた人?」


 赤は狭山の反応を見極めようと目を細める。しかし、狭山の反応はいささか鈍いものだった。動揺は見られない。誤魔化している動きもない。やはり、何も知らないようだ。


「知らないならいい。お前には充分手は貸してもらっている。ある程度傷が癒えるまで置いてもらえるんだ。これ以上は望まない」

「そう。なら良かった。また何かあったら気軽に言って」

「……あ、あぁ」


 妙な人間がいたものだな。赤が今まで認識していた人間とは、狭山は大分印象が違っている。赤は、不思議な気分に浸っていた。うまく、言葉には出来ないが。


 身の振り方を話し終えた頃、何処からか、音楽が鳴っていた。一瞬赤が強張ってしまうが、狭山は苦笑いながら席を立つ。


「うわっちゃ。やっぱり来た。ちょっとまずいかも」

「……何の音だ?」

「携帯だよ」

「携帯?」

「ちょっと待ってて」


 そう言うと、狭山は部屋を出て行く。そのうち音楽は止んでいた。すぐに戻ってきた狭山の手には、携帯が握られていた。赤にも見覚えはある。昨夜屋上で、狭山が握っていたものだ。


「それが携帯か」

「そうだよ。見たことない?」

「ないな。何に使うんだ?」

「電話とかメールとか。遠くにいる人との連絡手段だよ」

「連絡……」


 魔界のことを知らず、執行者と繋がっていることはなさそうに思える。とはいえ、人間の仲間はいるだろう。緩んでいたわけではないが、連絡という言葉で、赤は警戒を強めた。その様子は狭山にも見て取れる。狭山は笑いながら否定した。


「安心して。別に誰かを呼んだりしないし、赤さんのことを誰かに言ったりもしてない。今のは僕が呼び出されてただけだよ」

「呼び出し?」

「学校の友達にね。良い奴だけど結構真面目でさ。連絡してなかったからカンカンだろうね」


 狭山は携帯に表示される時間を確認する。十時五十三分だった。

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