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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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4:交差Ⅲ

 何者かが潜んでいることはなかったが、点々とした汚れがあった。いやこれは、血だろうか。

 部屋の明かりがベランダにまで及んでいて、赤いものだと分かる。それがいくつもあったのだ。


 恐る恐る腰を落として、赤い染みに手を伸ばした。あと数センチ程まで近付けると、ポタッと何かが滴る。


 見れば新しい斑点が、どれよりも赤く浮き上がっていた。上を見上げた狭山の目には、何かしらの影を留めた。すぐに引っ込んでしまって詳細は分からない。しかし、何かがいたのは確かだった。


 恐らく普通じゃない。いったい何者なのか。何故血を流しているのか。いやそれよりも、どうやって此処に登った?


 ぎゅっと木刀を握る手に力を込める。嫌な汗が流れるのも感じた。狭山は喉を鳴らすと、部屋をそのままにして玄関へと走った。


 恐怖はある。転びそうになりながら階段を駆ける。呼吸が早くに乱れ、心臓が馬鹿みたいに鳴っていた。上に行ったのなら、屋上しかない。狭山は駆け上った。


 手前で息を潜めて気配を探る。様子を見つつ少し扉を開けた。夜の屋上は暗くてよく見えない。もう少し近付かないと確認は出来なさそうだ。ここまで来たら行くしかないだろう。狭山は意を決して屋上へと足を踏み入れた。


「誰だっ!」

「っ……」


 踏み込んだ瞬間、開いた扉の音に反応したのか。よく通る声で何者かがこちらに気付く。まずい。緊張が走る狭山が目にしたのは、石垣に寄り掛かるように横たわる女だった。


 元々開放しているこの屋上は、綺麗にガーデニングされている。灰色のコンクリートを区分けして、それぞれが小さな植物園のように彩られていた。景色も含めた観賞用か、もしくは休憩用か。まだ新調仕立ての木造のベンチもあるというのに、女はコンクリートの地べたで横たわっていた。


「ちっ……、人間か」


 女は苦々しく狭山を睨みつける。狭山からすれば妙な言い回しであるが、そんなことを気にする余裕はなかった。女が横腹を押さえいて、赤い血が広がっていた。


「怪我してるの?」


 開けた屋上に女がただ一人が負傷している。泥棒でも強盗でもないだろう。いや、狭山はそんな判断をするよりも早くに、女の元へと駆け寄った。


「……っ、来るなっ!」


 女は声を絞り出した。さらに鋭く睨みつけて殺気を向ける。だが万全の状態ならいざ知らず、瀕死となる今では、人間一人払い除けるには足りない。むしろ血に染まるその姿は、放置するほうが忍びなかった。


「別に何もしない! ただ怪我してるみたいだから……」


 持っていた木刀がまずかったのかもしれない。攻撃の意思はないと示すため、狭山は木刀を手放す。カランカランと木刀は音を鳴らして転がった。

 これでもう警戒する必要はないだろうと狭山は思う。しかし女としては足りない。得体の知れない人間が、瀕死でいる自分に近寄るなどあり得ないことだ。


「これでいいでしょ」

「来るな……、近付くなっ!」

「ああ、もう」


 依然変わらない態度に狭山は苛立ちを覚える。そんな状態でほっとけるわけがない。

 これ以上どうしようもないし面倒だ。狭山は女の意思に関係なく距離を縮めた。


「っ……。とりあえず今救急車を呼ぶから」


 近付いて後悔した。ベランダでもそうだが、これだけの血は見たことがない。慣れない痛々しい光景に圧倒される。けどそんな場合じゃないと、狭山はすぐに我に帰る。救急番号を呼ぼうと、携帯を取り出した。


「……!?」


 緊急番号を押そうとした時、狭山の手から携帯が弾け飛ぶ。狭山は何が起こったのか分からず、一瞬困惑した。


「仲間を、呼ぶつもりか……」


 女の態勢から、携帯を払ったのが彼女だと初めて狭山は理解した。屋上の隅の方まで飛んで行った携帯には目もくれず、狭山は言葉を返す。


「よく分かんないけど、病院に行くだけだ」

「ふざ、けるなっ……!? 私は、人間の手など借りない。人間の、いる場所になど行かないっ!?」


 狭山にしては珍しく声を荒げたはずだ。しかしそれ以上に、女は振り絞るように吠えた。たとえ死んでも……。後にそんな言葉が続くような、鬼気迫るものを狭山は感じた。


 そんなに行きたくないというのか。狭山は、何か事情でもあるのかと予想する。


「何か……」


 狭山が尋ねようとすると、女が呻く。


「っあ……、はぁ、絶対に、行かない。まだ私は……」


 弱り切った身体であるのに、女は強い意志を秘めていた。何をそんなにこだわっているのか狭山には分からない。ただ女の必死な様子から、何か言えない事情があるのだろうと思えた。そして狭山は、態勢が崩れかけた女に腕を伸ばす。


「何、して……」


 女の腕を掴み、自分の肩に回す狭山に、女は驚きの様子を見せる。


「病院には行きたくないんでしょ。だったら、とりあえず此処よりかは僕の部屋のほうがいいと思って……」

「や、やめろっ。私は、人間の手なんか借りないと、言ったはずだ」

「これが最大の譲歩だ。これでも断るっていうなら、嫌でも病院に連れて行く。どうする?」

「……っ」


 女は歯を喰いしばる。選択の余地などない。病院とかいう人間の施設に連れて行かれるくらいなら……。

 女が何も言い返さないことを確認した狭山は、少し微笑んだ。

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