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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
245/271

4:交差

 雲がない。すっかり季節は夏に差し掛かっていた。もう少し雲があれば、少しでも陽射しが遮られるだろう。だが実際この日は、ギラギラと照り付けていた。紗希が学校にて奮闘している最中、処刑人のギルは、いつの間にか所定の位置とも呼べるビルの屋外にて座り込んでいた。此処らでは一際高さを有するビルで、地平線の彼方まで見渡せそうである。


 ギルは物思いに更けていた。時折、自分の右腕に視線を移し、多少動かしてみる。その動きは一見、特に問題なさそうではある。だが、常識の範疇を超えた魔界の住人、いや処刑人としての戦闘能力を鑑みれば、今の右腕は不十分なのだろう。ギルは忌々しい思いと共に、大きく舌打ちした。

 同時に、今の状況が気に入らない。多少でも動きがあれば察知出来るかもしれないが、それが全くない。何か目的の為に潜む連中はいたが、ここまで徹底して動かない相手は、ギルにとっては初めてだと言えた。


「そこで何をしてる」


 声が聞こえたのは、背後に降り立つ気配がしたのと同時だった。潜伏している奴と違って、こいつはまだ分かりやすいとギルは思う。決して馬鹿にしたのではない。うんざりするくらいに、長い付き合いだからだ。そして、リリアの時とは違い、背を向けたままには出来ないことも重々思い知っている。立ち上がって対面した。


「別に何もしてねぇよ。お前こそ何の用だ」


 現れたのはこの地の執行者。双銃使いのクランツだった。

情報でも探りに来たか。大方そんなところだろう。ギルは事前に予測を立てたが、クランツの口から紡がれた答えは全く違うものだった。


「警告しに来た」


想定外の答え。おまけに警告という、およそ穏やかでない言葉に、ギルも少しばかり緊張する。


「貴様は、いつまであの娘に付きまとうつもりだ」

「……」

「以前訊いたな。あの娘を護る気があるのかと。護る気がないならもう、それでも構わない。だがそれなら、早々にこの街から出て行け。そして二度と、あの娘の前に現れるな」


 揺れる髪から覗く瞳は力強い意志を秘めていた。本気で口にしているのが分かると、それこそ今までにはないらしくなさにギルは違和感を覚えた。


「俺を殺したいんじゃなかったのか?」

「あぁ、出来ることなら今すぐにでも殺してやりたい。だが今は、潜んでいる魔界の住人のことも考えれば、貴様は後回しにするしかない」


戦えば勝敗に関わらずただではすまない。クランツは、自分とギルの実力を概ね理解していた。今感情に任せて戦えば、他の魔界の住人との戦闘に支障が必ず出るであろうことを。

 その言葉を受けて、らしくないなどと思ったギルだが、すぐに撤回することにした。御苦労な程に真面目であると。ギルの思惑など知ることなく、クランツは続けた。


「それに、貴様の存在はやはりあの娘には邪魔だ」

「そいつは、俺があいつを囮にしているからか?」


 その事を、クランツが気に入らないことはギルも分かっていた。だからこそ、ギルは現状の事実を突きつける。相手にとって思い通りになっていない事実だ。要するに当て付けである。しかし、ギルの皮肉に満ちた笑みは、クランツによってすぐに破られてしまう。


「それもあるが、忘れたわけじゃないだろう。貴様がしでかした事を……」


 一転、ギルは何も言い返せないでいた。その時のギルが何を思っているのか、そんなものに興味すら湧いていないクランツは、ただ自分の言うべきことを告げた。


「あの娘はまだ貴様に心を赦している。だがな、そんなもの今だけだ。このままだといつか、あの娘は苦しむことになるぞ。貴様だって分かってるはずだ!」

「……知るかよ。前も言ったはずだ。俺は、俺のやりたいようにやる。てめぇが俺に指図すんなってな」

「貴様っ!?」


 冷静に努めていたクランツだが、ギルの口から吐かれた言葉に激昂してしまう。怒りの篭った蛮声をあげ、ギルの胸倉を荒々しく掴み取る。殺気が篭った射殺すような眼光をぶつけ、今にも殺しにかかりそうだ。


「……離せよ」

「貴様は何がしたいんだ。今更何をしようというんだ」

「別に。ただ俺は……魂喰い(たましいぐい)を殺すだけだ」

「魂喰い……だと。何故そいつを、貴様が狙う」


 直接会ったことはないが、クランツも名は知っている。非常に好戦的な魔界の住人だ。機関でも危険視されている。だが、ギルの口から聞いたのは初めてであり、掴んでいた胸倉の手を緩めてしまう程に意外だった。その隙を逃さず、ギルはクランツの手を払い除ける


「貴様が誰を狙おうと勝手だが、これ以上神崎紗希を巻き込むな。魔界の奴らが何の策も講じないと思うか。このままだといずれ、取り返しがつかなくなるぞ」

「……それが警告か」

「貴様にはもう何も期待しない。俺が必ずくい止める。そのために、可能性があるものは全て俺が排除してやる。貴様も、いや、魔界の住人全てだ」


ギルだけではなく、リリアやスカルヘッドもその中に含まれているのだろう。抑えられない殺気がクランツから溢れ出ていた。ビリビリと大気が震える。直接殺気の的となったギルもまた、相手を殺そうとする意思を見せた。互いに殺気をぶつけ合い、その衝撃は、コンクリートの床に亀裂を走らせる。


 緊張の中での沈黙で僅か数秒、先に動いたのは、無機質な電子音だった。携帯の音だとすぐに分かる。ギルはそんなもの持ち合わせていない。横槍が入ったようなもので、幾分か空気が柔らかくなり、クランツが携帯を取り出す。画面を確認して少々目を見張った。それは、紗希からのメールによる連絡である。


「用は、それだけだ」


 学校に魔界の住人らしき人物が現れたかもしれないとのメール。頭にはもう、そのことしかなかった。クランツはそれ以上何も言わず、急いでその場を離れた。一人残されたギルはそのまま立ち尽くす。





「あの娘は苦しむことになるぞ。貴様だって分かっているはずだ」



「うるせぇよ……」

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