3:疑惑Ⅷ
狭山の家に行くには電車に乗る必要がある。駅に着いて切符を買うところなのだが、今はリアちゃんもいる。さすがに猫として乗るわけにはいかないから、こっそり猫の姿から人間の姿になってもらった。
「紗希、これどうするの?」
「まずお金入れて、で画面が変わるから指で押すの」
電車に乗ることなんか初めてだったリアちゃんは、目の前の機械に戸惑っていた。お金を渡しても中々お金を投入出来なかったし、出て来た切符に気付かず、鳴り出した音にびっくりしていた。むぅ、可愛いな。
ホームまで行って実際電車が来ると、これに入るの?と怖がっていた。可愛いから、待ってあげたくなる。けど、此処で時間を使ってる場合でもないので、大丈夫だからと半ば無理矢理に乗せてしまった。
電車に乗ってすぐは震えていたけど、二駅ほど走って目的の駅に着く頃には、すっかり慣れてしまったようだ。電車を怖がるリアちゃんが可愛くて少し残念な気もするけど。
駅を出れば、やはり大きなショッピングモールが見える。それを目印にして、リアちゃんを連れて記憶を辿って歩き始める。迷うようなことはなかったけど、徐々に緊張してくる。狭山の妙な行動、魔界の住人との関連性。やはり、わざわざ敵のいる場所かもしれないと考えると、少し震えてしまう。
狭山の部屋があるマンションの前に来ると、リアちゃんには人目を気にして猫に戻ってもらった。狭山にすることになってしまう説明を省く為と、リアちゃんが動きやすくする為、また敵に見つかりにくくする為だ。比較的目立ちにくい黒猫の姿で、私はリアちゃんを抱える。 エレベーターで最上階まで行くと、リアちゃんは私の腕から降り立つ。
「私はベランダに回る。危険だと思ったら突入するけど、紗希ももしやばくなったら大声出してね」
「うん。分かった」
お互いに位置を確認すると、リアちゃんは風を纏って屋上へと消えた。ふわりとした軽やかな動きは、今にも空でも飛びそうだった。
大丈夫。リアちゃんもいてくれてる。しっかりしろと自分に言い聞かせる。深呼吸をして、私は狭山の部屋の前に立つ。数秒掛かって、ようやく意を決した私は、インターホンを押した。
昨日のことを考えると、出てくれるだろうか。もちろん急な早退をした後、出掛けている可能性もある。言葉通り早退ではないと思えるのだから。不安を抱きながら待ってみると、何のことはなく、きぃと目の前の扉はゆっくりと開いた。
「……来たんだ」
「うん。来た」
出て来たのは狭山本人だった。半袖の白シャツを身に付けていて、まだ制服のままだ。いつもの陽気さはなく、昨日のように慌てる様子もない。何処か変に落ち着いていた狭山は、まるで私が来ることを予期していたようだった。
「いいよ。上がって」
「……おじゃまします」
昨日とは真逆で、あっさりと私を迎え入れた。靴を脱いで揃えてから、私は部屋の奥へと進む。廊下を歩くと、まず右手に通路がある。開けっ放しの扉が見えて、どうやら其処はトイレのようだ。同時にその手前にも左手に通路があるのは見えた。
さらに進むと左手に扉があるが閉まっている為何の部屋かは分からない。さらに奥へと進むと、一軒家と変わらないくらいの居間へと足を踏み入れる。居間の左手にも部屋があるのが分かる。
居間に入ると、空気が変わった。暑い外とは違い、冷房がしっかり効いていて気持ち良い。
また踏み入れた足に柔らかい弾力があった。部屋全体には絨毯が敷かれていた。柔らかくて、その茶色の色彩から、まるで動物の毛のようにも思える。
「適当に座ってていいよ」
狭山に案内されて、居間に安置されている白いソファを勧められる。余裕のある大きさで、三人分は余裕で座れる長いソファだ。腰を下ろしてみると、かなり柔らかいクッションで、ふかふかだった。厳密にはほぼ左斜めだけど、入ってきた居間の扉を背にするような位置だ。ソファはU字の形で、私から見て右から円を描くように連なっていた。右手にあるサイドボードにはかなり大きな薄型テレビもあった。目の前には、大きなガラスが一面に壁代わりに備えられていて、風景が一望出来る造りだ。
私が部屋全体に目を向けている間に、狭山は氷の入った透明なコップ二つと、ニリットルのペットボトルに入ったお茶を手にしていた。テレビの方にある扉から出て来たのは、そっちが台所になるのだろう。
ソファと同じように備えられたテーブルに、手にしていたものを乗せると、ちょうど私の対面上に狭山も腰を下ろした。
「ところで学校は?」
とくとくと、コップにお茶を注ぎながら狭山は尋ねた。とりあえず見えるところには魔界の住人はいないようだ。けれど、姿形も分からない状態では気が抜けなかった。出来るだけ周りに気を配りながら、いつもと変わらぬよう慎重に、狭山の問いに答えた
「休校になったよ。怪我をした不審者は結局見つからなかったから。念の為に」
「そうなんだ。それじゃあ……僕が早退する必要はなかったね」
気分が悪いと言って早退した事実はやはり嘘だった。自ら白状したように漏らすと、狭山は何処となく顔を曇らせた。はいと言ってお茶の入ったコップを渡される。私は受け取って、ゆっくりとテーブルに置いた。喉は確かに渇いていた。高温の外を歩いてきたのもあるが、今の落ち着けない状況がそうさせる。けど、とてもじゃないが差し出されたものを飲む気分にはなれない。
「単刀直入に訊いていい?」
「ん?」
狭山は次いだお茶で喉を潤しながら反応した。
「何で早退したの?」
「気分が悪くなったから。……それじゃあ、納得しないって顔だね」
「うん」
学校を休んだ時は風邪かもしれなかった。プライベートもあったから深入りはしなかった。体育館裏で会った時は、話を聞くよりも優先しないといけないことがあった。
でも、今は違う。
今は何よりも、狭山の口から真実を聞き出すことが最優先だ。誤魔化しも嘘も、この場では通用しない。いや、看過するわけにはいかなかった。
「分かった。けど、サキリンの質問に答える前に僕もいいかな。僕も、サキリンに訊きたいことがあるんだ」
「何?」
「サキリンはさ。……処刑人って知ってる?」