3:疑惑Ⅱ
それからというもの、教室は少し騒がしい様子が続いた。クラス一のムードメーカー、いやトラブルメーカーである狭山が復活したことによる騒ぎだ。
「昨日どうしたよ?」
「お前絶対サボりだろ」
「ノート貸してあげよっか?」
転校生かのように、狭山の元にクラスの皆が群がった。色々と昨日について質問攻めに遭っていて妙な光景ではある。普通ならこうはならない。狭山の普段の破天荒ぶりが成せる業だと思えた。狭山は皆の質問に対して、とりあえずは風邪でやむなく休んだということにするつもりらしい。
「お前が風邪なんか引くもんか」
「僕だって風邪くらい引くぞ」
「え~? 狭山君なら風邪でも来そうだけど」
「頭痛、喉、鼻、咳、熱、関節痛のオンパレードだったよ」
「ほんとかよ」
嘘臭いことこの上ない話ではあったが、狭山の持つキャラクター性から、多少話を盛った事実っぽいと感じやすいんだと思う。周りが不信感を持つようなことはなかったのだけど、追求されたくない狭山はすぐに話題をシフトさせていた。
「それより昨日、ウルトラゴッド見た? めっちゃ面白かったぞ」
「風邪引いてたくせにそんなの見てたのかよ」
「夜にはけっこう治ってたんだよ。ほらあれ、ハングリーの二人がドッキリ仕掛けられてたんだけど」
「私も見た見た。めっちゃ焦っててファミレスの時はすぐトイレに避難してたし。最後が一番やばかった。でっかい落とし穴に落とされて呆然としてた」
「おい、俺録画しただけでまだ見てねぇんだぞ。オチ言うなよ」
「大丈夫、大丈夫。他にも笑えるとこはいっぱいあるから」
ウルトラゴッド。『ウルトラ級笑撃の神様』という番組の略称だ。ゴールデンタイムに放送される人気のバラエティ番組で、話題の芸人をゲストに呼んでトークしたり、コントしたりと色々だ。私もたまに見てる。昨日は見逃したけど。
いや、聞き耳を立てていたのは、昨日の内容が気になるとかでは決してないはずだ。テレビの内容へと話題がシフトしたあたりで、いつもの光景といえた。
そこでようやく、教室に入ってきた加奈が目に止まった。向こうも私に気付いたようで、一目散にやって来た彼女を迎え入れることにした。
「おはよ」
とお互い同時に口を開く。
「何か騒がしく感じたと思ったら、今日は復帰したのね」
主語が抜けていたものの、加奈の言いたいことはよく分かる。
「結局何で休んでたの?」
「風邪だって」
「ふぅん。やっぱり珍しい。っていうか、それ本当なの?」
「本人はそう言ってるけど」
面白い程疑っている。重い症状であると言っても、普段の振る舞いのせいで、皆の狭山の印象は、風邪なんか引かない超人みたいになっていた。
「ま、一日休んだだけで済んでるし。結局、ちょっと珍しかっただけね」
「うん、そうだね」
加奈の言葉には、全面的に同意したいと思う。問題など起きてなかった。一日休んだだけなんだから当たり前だ。そもそも、普通なら風邪とかかな。大丈夫かなと心配するくらいで、済むことなんだから。
昨日の時点で、確認したいことは終えたのだ。私が気にすることはもっと他にある。
執行者たちの言動。私自身知らない過去に私が何か関わっているのは間違いなく、どうしても気になる。誰も話そうとしない、もしろ隠そうとするぐらいなのだから当然とも言えた。
いや、確かにそれも優先したいことではあるけど、今は何故か動きを見せない魔界の住人の方が先決かな。問題はその行方だけど。
「は~、疲れた」
言葉通りに疲労した様子で、朝練から帰って来た優子が教室に着いたところだ。そのまま私達の輪に入ってきた。
「あれ? 今日は狭山君来たんだね」
「今はもうすっかり元気みたいだし、そりゃあね」
「あ、じゃあやっぱり風邪だったんだ」
加奈の言い方で優子は察したみたいだ。
「そうみたい。休んでも人騒がせになるんだから、大したものよね」
「あはは」
確かに。その辺凄いことではあるけど、はた迷惑な話ではある。まあ当然ながら、出席した今のほうが、クラス内は騒がしくなっていた。
「あ、そういや今日英語やった? 私まだなんだけど見せてくれない?」
ふと、優子が思い出したのは宿題の英語テキストだ。またやってないの? と加奈は呆れる。私も、ちゃんと終わらせていると少し得意気に答えた。今日のホームルームまでの朝の時間は、優子の宿題の手伝いと決まった瞬間だった。