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黒を司る処刑人   作者: 神谷佑都
5章 闇に渦巻く陰謀
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2:不穏Ⅴ

「ほら開いたぞ」


 目的の最上階に着いたらしい。機械音を鳴らして、エレベーターが扉を開く。それは分かるけど、大きな問題がある。


「な、何で先に行こうとすんの!?」


 先行して出て行こうとする庵藤を、掴んだままの裾を引っ張って止めた。


「いやでも、お前行こうとしないから」

「く・も! 蜘蛛がいるから動けないの!」


 エレベーターの扉から左寄りに落ちたのに、多少移動したようで、今は真正面に近い。このままだと出るためには、わざわざ蜘蛛に近付かないといけない。無理。絶対無理。


「……じゃあどうすりゃいいんだ?」


 どうって……。近付いてきたり飛んできたら嫌だから、庵藤に手で持っててもらうとか。いや、それは何だか後で、庵藤自体に抵抗が生じる。


「このまま楯になってて。お願い」

「は?」


 ちょうど蜘蛛の位置と、私の間に庵藤を差し込む。そして庵藤を軸に私は円を描いて扉まで向かう。これで何とか、蜘蛛との壁が作れる。


「あのな……」

「し、仕方ないでしょ」


 言いたいことも分かるが、緊急避難という奴だ。申し訳ないけども、いち早くエレベーターの中から足早に降り立つ。その後、何事もなかったように庵藤がゆっくりと出てきた。


「ったく。あれ? 神崎。肩のそれ……」

「えぇ!? や、やだ! 嘘! 嘘!?」


 それってもしかして……。

 慌てて払い落そうと身をじる。取ってもらおうかと思ったところ、私の横をスタスタと庵藤が横切っていった。


「あ、悪い。見間違えた。やっぱり何もいなかった」


 そして、振り向きざまにそう言った。憎たらしいくらいの悪い笑顔で。


「な、な、なな……」


 こ、この大嘘付きめ。本当に、いつか目にものを見せてやりたい。いや、むしろ今にでも。


「何だ?」

「何じゃなくて、明らかに騙したでしょ」

「騙してないだろ。何かそれっぽいのが見えただけだ」

「だからそれが……」


 私が追及しようとすると、庵藤はあごに手を添えて物思いに耽る仕草を取る。今度は何だろうと思うと、庵藤の口からは意味深な言葉が紡がれる。


「でもそうか。神崎は蜘蛛が駄目なのか」

「そ、そうだけど。な、何か悪い?」


 また馬鹿にでもするつもりなのか。心積もりだけはして、私は文句でもあるのかと庵藤のことを見据えてやった。


「いや別に。ただまぁ、前のテストの勝負ってさ。まだ罰ゲーム決まってないよなぁと」

「……!?」

「そんなことをふと、考えただけなんだけど。今日言ってた選択肢に、追加するのもありだなと」


 青い顔をしているだろう私とは真逆に、なんて嬉しそうな表情なんだろうか。さすがに、本当にそんなことはしないとは思うけど……。ペナルティを保留にしたのは、もしかしてこういうことのため?

 これからこうやって、ペナルティのネタが出る度に怯えないといけないのか。うわ、最悪だ。


「お、鬼! 悪魔!」

「言いがかりだぞ」


 一回今の自分の顔を見直した方がいいと思う。ギルと良い勝負の悪い顔だ。ギルには悪いけど。

 

 庵藤の意地の悪さを嫌に改めて認識した後、一旦この件は忘れることにして、狭山の部屋へと向かった。


 元々このマンションは、ワンフロアの面積も広くなっている。その面積の中で、マンションの住人の部屋が割り振られているわけだが、部屋の数が多いのではなく、個人の部屋の面積が優に与えられているようだ。他の階はもしかしたら違うかもしれないけど、この最上階に関して言えば、部屋は四部屋ほどあるみたいだ。


「んで、ここが啓介の部屋だ」

「……ホントだ」


 別に庵藤を疑ったわけじゃない。部屋の前に到着して、掲げられる表札の「狭山」という文字を見るまでは、やはりどうも自分の中で一致しなかった。だから、今はもうイメージがつかないというよりは、何か納得がいかない。


 躊躇なくインターホンを押す庵藤は、やはり何回か来て慣れていると窺える。まぁ此処まで来ておいて、扉の前で無駄に時間を要することもない。


 お見舞いで来たわけじゃないのだし、狭山が魔界の住人の件で巻き込まれてないか確認出来たら、程々にして帰るとしよう。そんな風に考えていた。だが、呼び鈴を鳴らし続けたものの、何の返答もなかった。


 連絡がうまく取れない理由なんて、たくさんあるはずだ。僅かな可能性を考慮し、一応念のためとして確認しに来た。


 もしかしたら……。そんな頭に過った不安が的中したというのだろうか。


 思えば、魔界の住人に遭遇するようになってからは、私の嫌な予感というのはわりと当たっていたような気がする。


 何でこういうことにだけ……。ただ自分の予感が当たるだけでは、何の解決にもなっていない。何の対策にも出来ていない。結局自分は何の力にもなれていないことに、情けなく思える。


「寝てるかもな」


そんな風に自分の不甲斐無さを呪っている横で、庵藤はしれっと一つの可能性を口にした。


「え?」

「風邪で寝込んでるかもしれないだろ」

「あ、そ、そうだね」


 そうだ。まだ決め付けるには早すぎる。結論を出すには、まだまだ不明な要素がたくさんあるはずだった。魔界の住人に狙われてから、いや、嫌な予感が当たりがちになってからか。何かと悪いほうに考える癖がついてしまっていたみたいだ。


「でもどうするの? 連絡取れないんじゃ……」

「一応もう一回かけてみる」


 自分の携帯を取り出して庵藤は応答を待った。何コールか待ってみるものの、やはり応答はないらしく、庵藤もコールをやめたようだ。

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