エピローグⅡ
「っ……」
戦いも終わり、さらには試験もあっさり終わってしまった。出来映えは、出来なかったわけじゃない。だが結果は思うようにいかないものだ。
「どうしたんだ。かなり辛そうだぞ」
机に突っ伏していた私に、庵藤が声をかける。
「うぅ」
「まぁ、神崎には荷が重かったな」
「……ううぅ」
「で、負けたらどうするんだっけ」
「……っっ!」
言い返そうとしてガタッと立ち上がると、庵藤はピラピラと試験用紙を見せ付ける。教科は物理。そこには九十六点と、赤々と、はっきりと書かれていた。
「ううぅ……」
くやしい。くやしい。くやしい。
勉強の甲斐は確かにあって、総合的に成績は良くなった。私も物理は八十二点だったし、苦手な数学も今までにない高得点だ。
でも、負けた。
最初に返された試験は数学では庵藤に勝っていたから、これはもしやと思っただけにくやしい。
「サキリン。僕が君のために作ったメイド服だよ。さぁ着てくれ」
そして目の前に差し出されたのはメイド服。まさか本当に作ってきたのか。
「誰が着るもんか!」
学校に堂々と、そんなものを持って来るのはどうなんだ。いや、この際そんなことはどうでもいい。実際メイド服なんて見たことがあるわけじゃないけど、狭山が手にして広げているのは絶対に違う。
これはメイド服じゃないと断言出来る。だって、ほとんど露出してるし。白を基調にした清楚なイメージはある。フリフリが至るところにあって、オプションのカチューシャで辛うじてメイドっぽい。だけど、胸元はかなり開けていたし、スカートは今まで履いたことないくらいに短い。
「これ絶対メイド服じゃないし」
「いやぁ、本当はおへそも出そうか最後まで悩んだんだ」
「変態! 馬鹿!」
「酷いなサキリン。これは男のロマンだぞ」
もう何を言っても駄目なクラスメートがここにいた。
「俊樹だってこれ着たサキリン見たいだろ」
「バッ……んなわけあるか!」
「隠すなって。少しは素直に……いたっ!」
「いい加減殴るぞ」
「もう叩かれたんだけど……。分かった分かった」
そんなやり取りが展開されているけど、正直どうでもいい。勝負の一件はクラスの皆にも知られていて、私が着ることを期待されている。そんな空気が漂っていた。
「紗~希」
「何?」
声をかけてきたのは優子である。
「やっぱり浮かない顔だね。無理もないけど」
「絶対着たくない」
「まぁ……あれはね」
優子も露出の多いメイド服に抵抗感を見せる。
「で加奈は何やってんの?」
見れば優子の隣でうんうんと唸っている。
「紗希が着るように促すにはどうするべきか悩んでる」
「裏切り者っ!」
「冗談だって」
にっこり微笑む加奈。むぅ、本当に冗談なのか疑わしいところだ。
「どっちにしろ負けたんだしサキリンには着てもらうからね」
「絶対やだ。大体それは狭山の勝手な要望でしょ」
「じゃあ俊樹。頼んだ」
「何をだよ?」
「だから、サキリンに着るように言ってくれ」
「……いや。別に着なくていい」
「はぁ? あ、まさかアレか。自分だけ優しくしてポイント高くする気だろ」
「ったくこの馬鹿。貸しを作るだけでいいんだよ」
どういう意味だろう。よく分からない私は疑問符を頭に浮かべるばかりだ。
「何だよそれ。せっかく作ったのに。なら今年の文化祭はメイド喫茶ということにして、とっとくか」
狭山の発言に、ざわっとクラスの空気は一変した。
「紗希。今着よう。ね」
「大丈夫。紗希なら似合うから」
「なっ!? 皆薄情すぎ。明らかに自分たちが着たくないからじゃない!」
クラスの出し物がメイド喫茶となると、女子はメイド服を着ることになるだろう。それも今目の前にある、随分と抵抗のあるメイド服を。自分たちは着たくないことをいいことに、女子たちは私に今着ろと言っている。なんて薄情なクラスメートたちだろうか。
「いや、サキリン着るな」
「楽しみは後にとっといたほうがいい」
逆に男子たちは着るなと言う。どうせなら文化祭という公共の理由で、少しでも多く、少しでも長く見たいという欲望が表れている。
正直皆敵にしか見えない。
「さぁて、帰りのホームルームを始め……って何だ、どうした?」
教室に普段通り入ってきた赤城先生は、普段とは違う教室の空気に度肝を抜かれたようだ。
「こら狭山。何だそれは」
やはり一番目に付くのは、狭山が手にするメイド服だ。一方狭山は、しれっと事の顛末を話す。
「あぁこれは、僕が作ったものですよ。テストでの勝負に負けたサキリンに着てもらうために持ってきました」
「ったく、そんなことしてたのか。没収な」
「あ、あぁ……。何故に?」
何故じゃない。当然だ。まぁ着なくて良さそうで助かったけど。
「さては先生もメイド好き?」
「ホームルーム終わったら俺のとこに来い! いいな! 神崎もだ!」
「は、はい……」
全然良くなかった。狭山の余計な一言で先生の逆鱗に触れてしまったらしく、今日のお説教も長くなりそうだった。
「紗希、待っててあげようか?」
席に戻る途中である優子が、優しく声をかけてくれる。
「うん。ありがと。あんまり長くなったら先に帰ってくれていいから」
「了解」
「気長に待ってるからね」
「うん」
加奈も待ってくれるようで嬉しくなる。その後で庵藤も声をかけてくる。
「頑張れよ」
実に面白そうに言い放ってきた。
「うるさい! 馬鹿」
「神崎!」
「ご、ごめんなさい」
恨めしく庵藤を睨むと、さらに悪そうな笑みを浮かべていた。
「さて、罰ゲームは何がいいだろうな」
「……っ!」
最悪だ。最大の敵は魔界の住人じゃなくて、庵藤じゃないかと思う。
私の平穏はいつ訪れるのだろうか。