6:隠された真実Ⅳ
「……もういいだろ」
そう言ったのはギルだった。怪我もしているし、万全とは言えないけど、すっかり調子は回復したようだ。
「待て」
短く引き止めたのはクランツだ。
「まだ何か用か」
「貴様じゃない」
否定したクランツは、視線を動かす。
「私?」
向けられた視線は自分に注がれていた。
「俺の連絡先だ。あんたの意思を優先したい。だがこいつは当てにならないんでな。気が変わったならいつでも来ていいし、ピンチになったら連絡するんだ」
そう言って、メモ帳のページを引きちぎる。書いてあるのは走り書きした連絡先だ。滞在場所と携帯の番号が書いてある。
「うん。ありがとう……あの…」
「何だ?」
「これ……何て書いてあるの?」
「は?」
申し訳ないけど読めなかったりする。ミミズの文字って初めて見た気がした。番号の数字でさえあやふやで、確信出来るものが少なかったりする。
口頭で書いてある内容を説明してくれると、少し怒ってしまったのか、険悪な感じで理由を述べる。
「……腕が繋がったばかりだから仕方ないだろ」
もっともな理由に私はあっさり納得し、腕が繋がった事実、また安否を気にした。
「あ、そうだよね。でも本当に繋がったの? もう大丈夫ってこと?」
「あぁ、大丈夫だ。まだ不安定ではあるが、じきに元通りになるだろう、とのことだ」
そう言って少し右腕を動かしてみる。機関には特殊な技術、もとい技術者がいて、医術も例外ではないらしい。その担当医によればとの話だ。
「なら、良かった」
素直にそう思う。その後、繋がったという腕が右腕であることに気付く。
「あれ? でもさっき書いてたのは左だったんじゃ……」
「気のせいだろ」
「え?」
「気のせいだ」
「あ、うん、……そう、だね」
一瞬ではあったけど、凄い睨まれた気がする。引っかかることはあるけど、クランツの言うとおり、気のせいだったことにしたほうが良さそうだ。
「用はもう済んだろうが。さっさと帰りやがれ」
後ろから声がした。その声の正体はギルだったようで、声質からも判断は出来る。けど、クランツの表情からも何となく読むことが可能だった。
何よりも、腕を持たれて引き寄せられてしまった。ちょうどギルに寄りかかれるくらいに近い。ふと見上げれば、ギルの顔がそこにあった。
「う……」
「貴様に言われるまでもない」
二人が敵対するのは、最後まで相変わらずだった。
「それじゃ、あとはお願いねギル」
「……あぁ」
イグニスさんに対して、ギルは無機質に返した。
「紗希ちゃんも。辛いだろうけど……」
「いえ、大丈夫です」
「そう。統括地が違う私は、もう行かないとならないけど、紗希ちゃんの力にはきっとなれるから」
一段落したのを確認したイグニスさんは、儚げな笑みを浮かべてそう言った。数人しかいない執行者は、各々が担当する地区に赴かなくてはならないらしい。
「何もないことを願うけど、もし何かあったときは、私も駆け付けるから。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
クランツだけじゃない。私の心配をしてくれている人がいる。それは有り難いことではある。ただ、やはり気にかかってしまっていた。
「大きくなったのね」
その言葉の真意は、結局訊けずじまいだ。私は過去に会ったことでもあったのか。考えを巡らせるけど、どれだけ記憶を辿ろうとも、その可能性はなかったように感じる。ならば、もっと以前の話なのか。私の物心がつく前ろいうことか。でも、イグニスさんはどう考えても若い。そんなに、前とは思えないけど。
「ギル。紗希ちゃんを頼むわね」
「だから俺は……」
イグニスさんは、ギルの返答を待たずして言葉を紡ぐ。
「クランツは私が送ってあげるわ」
「いらん!」
「さっき撃ったので銃弾もなくなったでしょ? ほら、これも拾っといてあげたから」
渡したのはクランツのもう一つの銃だった。
「それでも貴様には頼らない。俺よりもあの娘を気にかけろ」
奪うように受け取って吠えた後も、何やら言い合いながら闇へと溶け込む。初めて会ったクランツの印象とは随分違う。最初は冷徹にさえ思えたものの、今はそんなことはない。イグニスさんとのやりとりは、普通の人間と変わらない。そんな風に思えて顔が綻んでしまった。
「私たちも帰りますカ」
「そうですね」
スカルさんの提案。ようやく、帰ることになりそうだ。
「ああそういや、やることがあるんだったな」
「何?」
帰ろうと動く中、ギルが思い出したように手をぶらぶらとさせていた。
「ウヒャア!」
「避けんな!」
「ちょっ……」
あろうことか、スカルさんに攻撃の手を繰り出すギル。いったいどうしたのか。あ、そういえば注射で動けなくされたんだっけ。もう回復してるけど。
「ちょっとギル」
「うるせぇ!」
「アワワワ」
飛び回る二人。懸命に止めようと声を上げるけど、全く意味がなかったりする。
「死にたくないので、私はこれで先に退散しマス」
「あっ」
「てめっ」
「ギルさんは紗希さんを送ってあげてくだサイ」
「……っ」
反応したギルは、踏みしめた足から力を抜いた。跳躍しようとして止めたのだ。
「どいつもこいつも」
何か呟いたようだけど、背中越しの上、珍しく小声で聞き取れない。
「ギル……」
「帰るか、腹減ったし」
きびすを返すギル。疲れ切ったような表情は、お疲れ様と言うべきかもしれない。その前に、グウゥという腹の虫が先に訴えていた。労いの言葉で開こうとした口は、不意を突かれて吹き出しまう。
「ぷっ、あははは。分かった分かった。帰ったら何か作ってあげるから」
「子供みたい」
「うるせぇ」
リアちゃんの的確な突っ込みにギルが噛みつく。仲は良くないけど、険悪な空気は全くない。
やっと、落ち着いた夜になりそうだった。
「ああ! ギル急いで!」
「あぁ? 何だいきなり」
「紗希どしたの?」
「明日からテストなの、すっかり忘れてた」
時刻はもう三時をとっくに過ぎていた。厳密にはもう今日だったりする。テスト大丈夫かな。